「いえ、それは分かりません。 ただ、犯人は、忍者の装束を身につけ、そのドアから入って来ると、素知らぬ顔で、二人の茶碗に毒物を入れて、同じドアから、外へ出ています」
佑太の細かい説明に、毛利の顔に、驚きの色が浮かんだ。
「先生、そんな、犯人が幾ら忍者みたいに行動したとしても、害者の眼の前でそんな大胆なことが出来ますか?」
「いえ、二人はその時、この部屋にはいなかったのです」
「いなかった?」
「ええ、受付の女の子が、そのドアから入って来て、来客があることを伝えにきているのです。 それで、二人はそのドアから出ていき、この席は空になり、二人の茶碗はテーブルに置きっぱなしになっていた。 そこに入ってきた犯人が、二人の茶碗に毒物を入れてた。 女の子は、髪は赤く染め、にきびのあとが目立つ顔で、左の耳たぶにピアス……そうだ、唇の左わきに小さなほくろがあるはずです。 捜してください、その女の子を」
「えっ、そんなことまで、分かるのですか、先生には……ちょっと待っててください」
毛利はそう言い残すと、部屋を出た。 彼は、まだ半信半疑のようだった。 毛利の姿がドアの向こうへ消えると唐沢が言った。
「毛利先輩、だいぶ動揺してますよ。 先生が、あまりにもビビッドに説明されますから……私も、最初はそうでしたからね、何であんなに断定して、言えるんだろうって。 でも、あとになると、それが事実だと分かって、驚いちゃう、それを繰り返すうちに、だいぶ慣れましたけど、はい」
「でも、忍者姿の男が、はたして内部の者なのか、外から入り込んだのか……それが分かんないです、まだ」
佑太は言った。
「ところで、ここで休んでいた連中が、犯人の行動に全く気付いていなかった、ということは……忍者の装束、皆着てましたから、ちょうど、保護色みたいになったんですね。 そうか、そうか」
唐沢は、唱えた自説に、妙に納得していた。
「そうですね。 堂々とやると、案外、周りは気づかないのかもしれないですね」
「ですよね。 おっ、先輩、戻ってきましたよ」
奥のドアが開くと、毛利が入ってきた。 後ろに、女の顔が見える。
女の歳は二十代後半か、神妙な顔である。
続く
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