「まあ、いい。 でもな、財産ってのは、殺人の動機にはなるな。 もし、財産が動機だとしたら……身内に犯人がいる可能性が、高いってことになるんだが……」
「あっ、福本家って、高台院、つまり秀吉の奥さんだったおねさんの実家、木下家の家系に連なる家柄じゃん。 ほらっ、ここ見て」
唐沢が見ると、美香のいう箇所に確かに、そういう記述がある。
「高台院っていったら、関が原の戦いで、豊臣から見たら、敵方のはずの東軍に、肩入れしてたんだよな」
「そう、福島正則、加藤清正なんかの秀吉子飼いの武将たちは高台院の意向を汲んで東軍についたんじゃ、なかったっけ?」
「そう。それに最後になって寝返って東軍を勝たせる大きな要因になったと言われてる小早川秀秋、あの人も高台院の実家、木下家の血縁だよな。 いずれにしろ、木下家は西軍からすれば裏切り者。 六条河原で処刑された石田三成なんかから恨まれるのは……当然か……となると、この事件、色んな方面から、捜査が必要になるな」
「色んな方面ってさ、怨霊も含めてってこと? まさか……」
美香の顔は曇っていた。
「いや、分からんぞ」
唐沢はためらわずに続けた。
「だいたいな、この京都ってところは、昔から色んな怨霊のたたりがあるところでさ、厄払いや祈祷なんかに、しょっちゅうお世話になった都なんだよ。 菅公、崇徳院、色々あってさ、呪いの都って言ってもいいくらいのことがあってんだ……ん? 美香、どうしたんだ、そんな青い顔してさ……つわりか? それとも、どっか悪いのか?」
唐沢は心配げに美香の顔を覗きこんだ。
「信吾、私、帰りたい!」
「帰りたいって……どこに帰るんだ?」
「どこにって、東京に決まってるじゃん、帰るのは」
「おい、まだ来て三日目だぜ。あと四日も残っているよ。 お前、何、寝ぼけたこと、言ってんだ」
「だって……怖いんだもん、怨霊の巣窟(そうくつ)みたいなところにいるかと思うと……」
「なんだ、怨霊か、それなら心配ないぞ。 ちょっと、待て」
唐沢は、バッグの中を探し始めた。
「ええ、確かここに……おおっ、あった。 ほらっ、これだ」
唐沢は、古ぼけたお守り袋を取り出した。
「これは、魔除け、厄除け、すべてに効能があると言われる霊験あらたかな守り札だぞ。 昔な、俺の親父がお伊勢参りに行った時に、お土産代わりに買ってきてくれたもんだが、頼りになるぞ。 御利益間違いなしさ。京都にいる間だけでも、これを身に着けとけよ」
美香はお守りを素直に受け取ると、服の内ポケットに入れた。
「まじ、ご利益あるのよね?」
美香は不安げに訊いた。
「おお、おおまじさ、ご利益、ありありだよ。 さっきの夢ん中でも、大活躍だったのさ」
そう言って、唐沢は自分が見た夢を美香に語った。
続く
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