『ハンセン病とともに 心の壁を超える』
内容(「BOOK」データベースより)
理不尽な隔離政策によってハンセン病患者の生きる権利を踏みにじってきた「らい予防法」廃止から10年、そして熊本地裁での劇的な国賠訴訟勝訴から5年の月日が過ぎた。ハンセン病問題はともすれば解決済み、と思われているかもしれない。しかし果たして社会は変わったのだろうか。ホテル宿泊拒否事件に見るように、長い年月の間に刷り込まれた偏見と差別は、いまだに根深い。また、無関心という心の覆いが、この問題と正面から向き合うことを妨げてはいないだろうか。そうした中、希望をもって「生きなおし」の道をさぐる回復者たちと、彼らに寄り添う隣人・若者たち、そして海外の患者や回復者を支援し、共に生きる絆を求める人々の姿を丹念に追う。国内最大の療養所・菊池恵楓園を中心に、現地ならではの血の通った取材をもとに綴られた感動の記録。
先週、インドのハンセン病問題について少し考える機会があった。例え治癒していても、或いは発症者が家族であって本人に罹患していなかったとしても、コロニーのような形で隔離されることによってされる側にもする側にも生じる「心の壁」(英語でよく使われるのが「スティグマ(stigma)」)をどう取り除いていけるのかがインドでも大きな課題であると有識者の方々、特にプネのS.D.ゴカレ博士から聞かされた。スティグマ対策は勿論政府の法制度整備も必要だが、最も重要なのはハンセン病患者とその家族、或いはコロニーを取り巻く地域の住民の意識を変えること、それに患者とその家族、コロニー住民の意識を変えることであり、それはその地域に密着したNGOのような組織の地道な活動に期待されるところが大きいと思う。
日本の場合はどうだったのだろうか、今どうなっているのだろうか――先月日本に帰っていた際、何かしら勉強できるような資料がないかと物色し、そこで見つけてきたのが本書である。
今から4年前に読んだ本を、この夏、読み直してみることにした。職場の勉強会でハンセン病と人権問題について話すことになったからだ。
この本の内容については、前回のブログ記事で相当細かく書いているから、あえて同じ記述を繰り返す必要はないとは思う。ハンセン病国賠訴訟判決からアイスターホテル宿泊拒否事件と、2000年代以降の新たな展開と今後に向けた課題が整理されている。矯正隔離政策がなにゆえ放置されたのかについても、医師、法曹会、宗教家、政治家、マスコミ、そして市民と、様々な立場から何をどうすべきだったのかが述べられている。年表なども添付されており、いい本だと改めて思う。
その上で、前回は見落としたけれど、印象に残った記述を少しだけ引用して紹介しておきたいと思う。
ハンセン病問題を考える時、一番心に留めておかねばならないのは、ハンセン病の元患者さんの「生」が豊かになることは、実は私たちの社会が豊かになることを意味するということです。療養所の中が変わることだけではないのです。療養所の中が変わることはもちろんですが、より重要なことは「塀」の外、つまり私たちの社会が、あるいは私たち一人ひとりがどれだけ変わるのか、ということが肝心なのです。元患者の人たちを救済するというより、社会が共に変わる、あるいは私たちが元患者の人たちと共に生きる、そんな、「共に」という視点を持てるかどうか。そのことを繰り返し繰り返し、自問したいと思います。(p.vi)
こういう記事を書いていても、時々自分が誰か他人との間に境界線を引き、あいつと自分は違うと考えていることに気付かされる。本書にもあるように、強制隔離政策の誤りを国が認め、療養所入所者の社会再統合への途が開けたとしても、外に出て行って自分が回復者であることを公言できるような人は本当に少ないらしい。それは、これまで生きてきて経験してきた一つひとつの出来事が積み重なってできてきた回復者側の「心の壁」ではあるが、周囲の人々も、普通に接するのが単に「ハンセン病」を知らないということに起因するものであれば時として心無い言動で回復者の方々を傷つけてしまうことはあるかもしれないし、逆にちゃんとこれまでの歴史、各々の回復者の方々のライフヒストリーをある程度知っていて思わず身構えてしまうということもあるかもしれない。
相手のことを知った上で、普通に接することができたらと思う。あるいは、「共生」という言葉の響きに感じるのは、相手とどう接するかではなく、その人と一緒にどこを向いて何に取り組んでいくのかの方が大事なのではないかということだ。
こうした本を読みながら、次に何を読むべきかというのを考えることが多い。今回の場合も、回復者のライフヒストリーに注目したエスノグラフィーが既に存在することを知った。その作者は、「1980~90年代、家族をつくれなかったり、家族の外に置かれた人たちのことは、家族社会学の視野に入っていなかったんじゃないか」との反省に立ち、研究者の1人として、その空白を埋める努力を続けているのだという(pp.100-101)。
<ハンセン病療養所>来年度体制拡充 厚労相が表明
毎日新聞 8月14日(水)21時17分配信
国立ハンセン病療養所の入所者が職員削減に抗議してハンガーストライキを計画している問題で、田村憲久厚生労働相は14日、厚労省で入所者代表らと面会し、2014年度は、前年度と同数の定員を確保した13年度以上に、療養体制を充実させる意向を表明した。
ハンセン病療養所は国の合理化策の一環で職員の削減が続き、介護や看護の質が大幅に低下。入所者が「生存権が脅かされている」と訴えた結果、13年度は削減分と同数の介護職員などが補充され、前年度と同じ職員数になった。しかし、全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)が今年7月、各地の入所者に聞いたところ「加齢や認知症で介護の必要性は増し、忍耐の限界を超えている」と、さらなる職員増を求める声が相次いだ。
田村厚労相は「皆さんが13年度の定員数でも不十分だと訴えていることを踏まえ、14年度はしっかり対応する」と述べた。全療協の神(こう)美知宏会長は、ハンストなどを構えつつ、14年度予算に療養体制の充実策が反映されるよう要望を続ける考えだ。【江刺正嘉】
今夏休みをいただいてこうして過ごしているが、休み入りして早々、こんな報道がなされていた。全国の国立療養所13園の入所者の平均年齢は78歳を超え、全体で3000人を切った。(かつては15000人もいたそうだが。)10年後には間違いなく1000人を切ると言われている。入所者が減り続ける中で、療養所の確かな未来を描くためには、今ある施設を一般に開放するなど、地域との共生が欠かせないと見られている。もはや入所者向け医療サービスや超高齢化への対応を療養所の枠組みの中でだけ考えていても持たないとの認識は入所者側にもあり、入所者と地域の人々がともに課題に取り組むことが必要だと考えられているのだ。本書で書かれていた今後の課題と展望を裏付けるような最近の報道だった。