昨夜遅くまでチャンネルをあちこち替えながらテレビを見ていて、10時を過ぎるととたんに眠たくなってきた。普段10時には床に就くという健康的な生活を送っているものだから、夜更かしするとしんどくなってくる。
思えばまだ大島に住んでいた中学2年までは9時ぐらいに寝ていた。大阪に出てから10時まで起きるようになった。大学で東京に行ってから、さらに仕事をするようになってからは11時12時とだんだん夜更かしをするようになっていた。
紅白歌合戦が終わるころには2階に上がった。ヨメはまだ見ていたが私は布団をかぶった。
朝はトイレに5時におきてからまた布団にもぐり、9時近くまで布団の中にいた。年賀状をチェックして、雑煮を食べてコタツにもぐり1階で駅伝を見た。良い選手がいる中国電力はなかなかがんばっていた。
午後年賀状の返事を書いて出した。だんだん整理されてきて枚数が少なくなってきた。良いことだ。義理の付き合いはやめたい。
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2010/1/1 元旦
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今日購入した本は
今日が仕事始め。
仕事の合間に本屋へ行き、予約していた新刊を取ってきた。
年末に発売されたんだけれど、本屋に届いたのは年明けだったのだ……。
・夏目友人帳17/緑川ゆき 花とゆめコミックス
本編の他に、名取の番外編も収録
・タクミくんシリーズ 風と光と月と犬/ごとうしのぶ ルビー文庫
単行本も持っているけれど、表紙が描き下ろしなので、予約して購入。ペーパーとツィッターで発表されたSSも収録。2月頭に発売される新作で、タクミくんシリーズも終わり。あぁ、なんかもう泣きそうだよ
・寵辱カリビアンハーレム/華藤えれな B-PRINCE文庫
皇太子暗殺の依頼を受け、豪華クルーズ船に潜入した、伝説の殺し屋。けれど、失敗に終わり、淫らな奉仕をするはめに
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2009/1/21 夕方の出来事
いつものように5時を回って晩飯を食っていた。勝手口の戸をたたく音と声が聞こえてくる。ヨメが開けると、Hのおばさんが慌てた声でしゃべっている。Sちゃんのお母さんが溝にはまって立ち上がれなくなっている。自分が抱えると共倒れになると、Hのおばさんは私の家に声をかけたのだと言う。
すぐにスリッパを履いてそのほうに向かった。
「おばさんどうしたんね」
「動けんようになってしもうたんよ」と、言いながら尻を地面につけて座っている。足は溝の中にある。
後ろに回って、おばさんの両腕の下に手を回して、「行くよ」と言って体を持ち上げた。老齢でそんなに太ってはいないが、軽くはない。溝から上がれなくて尻餅をついたのだろう。30分ぐらい立ち上がれないでいた。Hのおばさんが切干大根が干してあるのを片付けに来た。そのとき、人の姿が見えたので叫んだのだと言う。
おばさんの体を支えたまま、「おばさん、乳母車はどこにあるんね」と言ったら、すぐにHのおばさんが見つけてそばまで押してきた。手押し車に手を当てておばさんはいつもの散歩のスタイルに戻った。
礼を言いながら「あんたぁ誰かいね」と言う。名乗るとすぐにわかってくれた。安心したようにおばさんは振り向いて、礼を言いながらゆっくりと手押し車を押していった。
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未来の記憶 [単行本]

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2010/1/25 半島めぐり
先週の日曜日に山口県平生に住んでいる従兄弟が来て、1週間後に二人で平生に行く約束をした。朝10時過ぎに家を出て途中柳井のスーパーに立ち寄った。
11時には携帯電話でやり取りして出会い、彼の家に行った。話には聞いていたが超豪邸だった。庭を見せてもらったがいろんな種類の庭木が植わっていた。リビングに通してもらってしばらく話をしたあと、一緒に回転寿司に行った。込んでいて待たされたが、回転寿司らしく回転が速い。すぐに順番が来た。待つときに、以前は記名をしていたが世の中の変化は早く、タッチパネルでポンポンと押していけば順番のカードが出てくるシステムになっていた。
一番奥の席に通されて、生ビールを飲みながら寿司をつまんだ。中ジョッキ4杯飲んだら顔が真っ赤になった。
ヨメの運転で平生町から上関町へ、半島を海を見ながらドライブした。半島の先には原子力発電所が建設される。反対運動のニュースをよく見る。四階楼という、4階建ての古い建物を見学した。朝鮮通信使のことが書いてあった。上関は朝鮮通信使が十数回立ち寄った地だ。ハングル文字も書いてあった。回天を展示してある場所があるということだったが、時間が来たので寄らなかった。山口県は広いと思った一日だった。
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2010/1/26 エコ生活
4月から水道代が100円上がる。2か月12トンで2200円。これが基本料。超過するとだいぶ高くなってしまう。
2か月60日として1日200リットル、1人100リットル。一般的な使用量とされている量の半分しか使えない。我が家は1年中、政府に言われなくてもエコライフを実行しているというわけだ。
古くからある地区の家には山の水道が引かれている。町の水道が引かれる前、地区の何軒かが集まってお金を出し合って、自分たちで水道を引いた名残りだ。飲み水にはできないが使い水にはできる。山の水道がある家は、町の水道の使用量がそんなに増える心配はない。山の水道がない家はそうはいかない。
ウチではエコならぬセコだと思っているが、実施している。風呂水はトイレに流す、洗濯に使う、掃除に使う。もちろん流しっぱなしにもしない。
2か月に一度、奇数月に水道メーターを調べに来る。20日過ぎに来るのだが、いつくるか決まっていない。だから、二人でこの日に来るだろうと予想して、照準を合わせる。13トンにならないように、その日が近づくにつれて自分でメーターをちょこちょこチェックするのだ。
1月の検針日は、私は22日だと予想したが、ヨメは23日だと予想した。早く来たら、まだ針が12トンになっていないので、次の2か月はほぼ1トン分使用量を減らさなければならない。賭けだ。
ヨメが言う日に合わせて使って、23日の朝には12トンになった。検針に来るのを待っていたが、この日は来なかった。24日は日曜日なので、検針は25日こなるだろうと思った。24日、車で外出して帰ったら、なんと郵便受けに検針結果の用紙が入っていた。日曜日にも調べに来るのだ。おかげでうまくいったが、3月の検針日にはまた一苦労しなければならない。
こんなわけでエコ生活は疲れる。
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嫌われる勇気
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第六章 愛しい人 ~ そのいち ~
さて、仕事の方でまた締切が迫って来て、忙しい日々が始まって来た。
彼も私も残業…
と、思いきや、彼は、実家の催し物で、本日お休みを取っている。
彼曰く、「どうしても外せない、家族行事の様なもの」があって、毎回この為に、仕事をお休みできるよう、例の秘書さんにスケジュールを組まれているそうだ。
それで、今日はあっちに泊まらなければならない。
と、彼が1日留守にすることに。
…あれから数か月…離れて過ごすことはなかったから、何だか急に不思議な感じ。
という訳で、今日の私は力が出ない。張合いも無い。
「どうしたの!元気ないね。」
と今井さんに見透かされたようだった。
「え?いえいえ!今日も頑張りますよ!」
と、頑張るポーズを見せてみた。
習慣とは恐ろしいね。
いつの間にか、かなりな割合で、彼が私に住みついていたようだ。
以前の私なら、これが普通だったのに。
「残業ですか?できます!」
と、このもやっとした気分を仕事で吹き飛ばそうと、やる気を沸かした。
午後8時位には帰宅。
なかなかなヘトヘト具合であるが 部屋はシーン…としていて、尚更身に染みた。
一人だと、ご飯何食べよう…何でもいいなあ。と、張合いも無し。
何か食べて帰ろうかな…と、思ったけど一人じゃ疲れるなあ、と真っ直ぐ帰宅してしまっていた。
そうだ、気分を変えるのよ!
久しぶりの気ままな一人じゃないか。
彼もいないし、ゆっくり休めるよ?
久しぶりに、居間の方のお風呂に入って夜景を眺めてみた。
…彼は今頃何しているんだろう?
はっ!気分を変えるのよ!
テレビを付けてみたものの…彼は今頃何しているんだろう…と、だらーっと見てるだけで…。
はっ!気分を変えるのよ!
自分は他人が居る方が気を使って休めなかったのに、今は彼がいなくて、寂しさをこらえるなんて…
何て事…。
ツライ…。
ううう…そして一晩が長い。
彼からの電話もメールも無いなんて、どういう事!
私からすればいい?
いや!あの家族の邪魔になる事をするのは嫌!
「…大体なんの家族行事なの!」
と、その矛先は、今いない彼の方に向かう。そうして、
「公式行事だから、私は呼ばれなかったのか?」
と、勝手に落ち込む。
ここには、慰めてくれる人もいない。
一人だけど、泣くのをこらえていた。
独り歴が長かったから、平気だもんっと、ひたすら強がっていた。
はっ!気分を変えよう!
と、何度目の気分を変えようだったのか、時刻はすでに深夜…。
やだー!私このまま寂しくて眠れないの?
と、頭を掻き毟っていた頃…
―ピンポーン
家のチャイムがなった。
びく!
こんな時間に誰だろう?…ちょっと怖い…。
そっと、玄関の方に向かうと、鍵を開けている音がする。
えっ?
と、思った次の瞬間、彼の姿が見えた。
「あ、起こした?ごめんね。いやぁーやっぱり、こっちじゃないと眠れなくって…」
と、彼が言い終える前に、自分は彼の胸に飛び付いてしまっていた。
恋しくて、ぎゅうーっと抱きついていた。
…この行動は、本能的なものであって、理性が押さえられなかったわけで…つい…。
…ほんの数秒の事だろうか。
少し経って、はっと我に返った。
びっくりしているだろうなー…と、そっと彼の顔を見上げると…彼はにこやかに笑っていた。
ますます、ホッとしてしまう。
この人は、何故こんなに暖かいのだろう…。
「あの…。」
「え?」
「…その…ちょっと寂しくて…。」
と彼に抱きつきながら言うと、彼も私を抱えながら、
「俺も。」
と私のおでこにキスをした。
「それで帰ってきちゃった。」
と笑った。
へへへ。と嬉しくなった。
出会ったばかりの頃は、少し冷たい感じがしていたのがウソのよう。
それからずーっと、この温もりを感じていたくて、彼も私も広い部屋の中で、ずっとくっついていた。
きっと、彼とは、今までの生活環境が違っても、これからも色々違っても、ケンカをしたとしても(お互いケンカにならなさそうだけど)、自分の側には、いつもこの人がいてくれれば、それで幸せなんだろうな。
それが、幸せなんだろうな。
生活環境が、目まぐるしく、穏やかに変化しているのに、恐さも感じない位、今のベタな幸せを、自分は本気で実感している。
「…私、こんな人じゃなかったのに…。こんなに甘えてていいのかなぁー。幸せボケになっちゃうよ。」
と、彼に聞こえるように自分に言い聞かせた。
すると、彼は、
「それでいいんじゃない?」
と、笑顔で答えてくれた。
彼が言うなら、いいっか。
と、その夜はやっと安心して眠れた。
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第六章 愛しい人 ~ そのに ~
このまま、ほっこりと、このストーリーを、終えても良い位、幸せの真っただ中。
先日の彼の実家であった行事の後の事だった。
そこで出席者に配布された、(多分)高価なグラスを、お姉さんとその子供が届けてくれた。
(実家の催し物でグラスなんて配布される?)
本日は、彼と私と丁度二人でお休みを頂いていた日だった。
「ちょっとお邪魔するわね。お母様に持っていくように頼まれたのよ。あの日、あなたが、突然帰ったから、わざわざ届けに来たのよ。」
ははぁ…申し訳ない。と、二人で思うばかり。
お姉さんと彼は談話中。
あの方は何の関係の方よ。とか、どこどこの財閥が何だとか、全く会話に入れなかったので、
私は子供のお守りになった。
…この子が彼の後の、跡継ぎかぁー。
歳は十歳を満たない位。
綺麗なお顔立ち、素敵なお召し物で可愛らしい。
彼の性格がおっとりしているので、その甥っ子なら…と、子供は苦手だけど相手になったが、甘かった…。
「おばさん!」
ぐさっ!
「おじさまの婚約者なの?歳取ってるのに?」
グサッグサッ!
「おやつ?食べないもん!太るからダメだって言われる!」
「あっちの部屋に行きたい!」
「あの本見せて!届かない!」
「あの窓どうやって掃除するの?おばさん!」
!!!!
もー!!なんじゃこいつは!!
頭から湯気が出て来た頃、その湯気が見えたのか、お姉さんが遠くからその様子を見て、あきれて言った。
「ホント、小さい時のあなたにそっくり。あんたも落ち着きが無かったわねぇー。本当によく、ここまで成長したわよ。」
と。
「その節は、色々ご迷惑おかけしました。」
と彼は何の弱みを握られているのか、素直に認めた。
「へえ…意外…。」
そうかぁーそんな時代があったのかぁー。それならしゃーない。
と、子供に気を使うのを諦めた。
少々、相手をやめて、頂き物のグラスを開けた。
何処に飾ろうか考えていたら、私の気がそれた事に気づいて、あっちから寄ってきた。
「そのグラスどうするの?」
「ん?どこかに飾ろうかな?」
「飾るだけ?うちにね、こんなにいっぱいあるんだよ!もっともっと、いっぱいあるんだよ!」
…ハイハイ。自慢だね。
「そんなにいっぱい喋ってたら、喉乾かない?これで水飲む?」
「これは…お酒飲むグラスだよ!」
テーブルマナーしっかりしているなあ…。
「お水も飲めるんだよ。」
と、大人だけど、私も対抗した。
「ホント?」
だけど、お姉さんの躾の目が光っているので、適当な事を言うと怒られるわね。
「この家ではね、いいよ。他の所ではお母さんの言うことちゃんと聞いてね。」
と、グラスを簡単に洗って、彼がいつも飲んでいるミネラルウォーターを注いだ。
うむ。
美味しそうに飲んでいるではないか。
おとなしくなった。
そのあとは、二人で外の景色を見て「あれは○○の家だ」とか建物を説明されたり、奥の部屋で、持ってきていた絵本を読んであげたりして、少し仲良くなった。
小一時間ばかりであったが、お姉さんの「帰るよー」の一声で私の元から立ち去って行った。
が、玄関に見送りに行った時には、
「また遊びに来るね。」
と、振り返り言われると、何だか超浮かれ気分になった。
結構手を焼いたのに、
「また来てね。」
と、口が言ってしまった。
二人が帰宅後…。
「あー汗かいた。」
そんな、私の姿を見て、彼が後ろからきゅっと抱きしめてきた。
「?どうしたの?」
「ん?思い出したの。」
彼が甘えてきている。
「病気になってから、子供なんて考えて無かったけど、出来たら欲しいね。」
まあ。そんな嬉しい事言ってくれるの?あなただけではなく、私だって難しい問題なのに。
「出来たらね。」
と私も応えた。
あなたがいれば、私はどちらでも良いのよ?
「姉が、君と最初にあった時、子供は作らないでって、言っていたあの時…君はすぐ、産みますって、言っただろ?」
「はは…。今思えば、恥ずかしいくらい即答だったね…。」
「あの時、凄く嬉しかったんだ。」
と、彼が言った。
そうだったの?
「誰も、僕の子供なんて望んでないように思っていたから…すごく驚いて、でもすぐ君の言っている事が正しく思えた。」
それで、彼もあの時すぐ賛成してくれたんだ。
あの時を思い出して、笑った。
「…あの時、こうなると予測して無かったのに…よく即答したね、私たち。」
「本当だね。」
不思議な巡り合わせ。
入籍まであと少しの日の事だった。
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第六章 愛しい人 ~ そのさん ~
お姉さんたちが帰った後は、ゆっくり二人の休日。
仕事も最近忙しかったから、気持ち的にもとても穏やかな日だった。
思い出しついでに、他にも色々出てきたのか…
彼が、ふふっと笑った。
「どうしたの?」
私の顔をにやにや見て、思い出し笑いをしていたので、気づいてしまったら聞かない訳にはいかない。
「ん?この部屋で、君と出会ったばかりの頃を思い返していた。」
ほんの、数か月前。
「どの辺の思い出?」
「本当に出会ったばかりの頃。」
そう言われると、あの頃はまだ「何だこの人」という印象だった。そう思いながらも、何故か引っかかっていた頃?
「そういえば、そんな話したことなかったね。」
「君は、僕の事怪しいと思っていたんでしょ?」
苦笑い。
「し、しばらく経った後だよ…この家の主だってわかった時…。」
「その前は?最初に会った時。」
本当に最初に見たとき…
「今井さんに…ホールに案内された時…あの時が初めて…だよね?飲み会に行く!って話になった時…。」
「ああ…あの時が最初かあ…。」
「はは、そうね…。」
最近なのに…思い出してきた。最初は印象良くなったのよね。
「あの時は、実は、少し冷たい印象だったな…。綺麗な女の人はずっと隣にいるし、何だか偉そうだし。実際偉かったのだけど…。今思うと、気にはなっていたんだろうけど、印象があまり良くなかった。」
「ひどいな、俺。怪しいし、印象良くないし…。」
と、彼は苦笑いした。
?そう言えば、彼はいつから、私がお姉さんの探して来た人だと知っていたのだろう?
「…もしかして、私の事、もっと前から知ってた?」
会った事とかあった?
また、何か私の知らない事でもある?
「実は、そのちょっと前にね。」
「…いつ…。」
私は、その前の出来事を振り返るが、全く覚えがない。
「君が面接に来た日。」
「…。」
私は眉をひそめた。私が彼と会う何日か前の話だ。
面接の日には、面接官以外、会社の人には会っていないはず。
会社の外で会っていたのか?
…社長だから、一応バイトの履歴書の写真を見ていたのか?
お姉さんから聞いていたのか?
「…私たち…前に会ってた…?」
「いや、会ってない。」
「…じゃ、履歴書の写真見て?」
「も、見て無い。」
「…お姉さんから…」
「聞いてない。姉から実際聞いたのは、君が聞いた少し前。」
…じゃあ、私に全く身に覚えがない。
私が考えていると、彼が教えてくれた。
「面接の日…うちの会社の入り口の前で、ぼーっとしていたでしょ。で、面接官に呼ばれていた。」
「あ」
してた!ぼーっとじゃないけど…。
「天気のいい日だったから、俺も、ホールの窓越しに外見ていたら、同じくぼーっと外見てる人がいて…バイトの娘かーって思った。」
あの時は、素敵なお庭だなー…って思っていて…。
「その時は、それだけだったんだけど、今思うと、それが最初だな。次に会ったのが今井に連れられて来た時。あ、あの時の娘だ…と、思って…。」
彼が遠くを見ながらその時を思い出している。私も、その頃の自分を思い出していた。
「それから…次の瞬間には気になっていて、目が離せなくなって…で、今こうしているなんて…不思議だね。」
と、彼がにっと嬉しそうに笑った。
私より一瞬先に私の存在に気づかれていた。
一瞬のきっかけ。
「私あの時、あのお庭がすごく素敵だったから見入っていて…ここの面接受かればいいなーって思ってた頃だわ。」
「そう?あの庭、気に入ってくれたの?会社設立の時に俺がデザインしたんだよ。」
と、彼はさらに嬉しそうに笑った。
「うん。実はもう聞いて知ってるよ。それ聞いて、なんか納得したんだから。…もしかして、実家の裏庭のアプローチもあなたのデザイン?」
と聞いてみた。
「そう。何で?わかった?」
それを聞いて、私も得意になった。
「何となく。私が居心地好いな。と、思った場所だったから!…凄いでしょ?」
ふふ、っと二人で、でれでれと、のろけるのであった。
「このきっかけは、お姉さんがいなかったら、あり得なかったんだね。お姉さんには、感謝だわ。」
と、彼の肩に頭を乗せながら言った。
すると、彼はふふっと笑った。
「俺も自慢していい?」
何が?
「姉が、『あんたの最高の相手は、絶対私が見つけてやる!』っていうのは、もう何年も前から言っていたんだ。」
ふむ。
随分長い間探していたのね。
それなら、もう少し早い段階で見つけてくれれば、もう少し良い状態で出会えていたかも知れないのに。
なんて。それは贅沢か。
「…だからね、実は、君みたいな条件の候補は何人もいたんだよ。」
「?」
「この何年も、何人も、多分俺の周りに送り込まれていたんだよ。」
「??」
「入れ替わりバイトが変わったり、うちに出入りしている人が変わったりしていたのは…。今思うとそうだったんだ。姉ならやりかねない。」
確かに。
あのお姉さんならそういう事もやりかねないかも。
と、私もうんうん頷いた。
「あからさま紹介もあったけど、俺が嫌がるのを知っていたから、気づかれないような方法を取っていたんだな、きっと。」
すごい壮大なプランだなー…。
「それに俺は気づかなかったけど。」
と、彼は私の顔を覗き込んだ。
「?」
「気づかなかったんだ、け、ど。」
もう一度彼は言った。
「…けど?」
「結局、君しか気づけなかった。」
「…」
「ねえ、これって凄くない?」
「…」
何の告白なのやら…聞いていて、顔が赤くなるのがわかった。
恥ずかしくて、思わず笑ってしまった。
私の笑っている様子を見て、
「…もしかして自分の婚約者を、俺はいまだに口説いているのかなあ…。」
と、彼もちょっと照れて、でも得意になって笑っていた。
「…凄いね。」
と、それを私は褒めてあげた。
私が、彼との馴れ初めを話すとしたら、間違いなく“職場結婚”という事になるのだろうなぁ。
務めた先の職場で、いつの間にか私たちは出会って、惹かれてしまったんだから。
勿論、きっかけはお姉さんなんだけどね。
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第七章 草食男子の出会い ~ そのいち ~
僕は、何の不自由もない暮らしをしていた、と理解している。
一般的なそれとは違う、裕福な恵まれた環境。
自分の出生のルーツ、親の社会的地位、財力、周囲のサポート、こうなると、友人関係に至るまで、恵まれて
いた。
周囲も似たような環境の友人たちがいて、同じ学校に通い、欲しいものも与えられ、それなりに自分の望まれている教育も、個人的に受けてきた。
好奇心旺盛で横柄な面も少々あったが、素直で聞き分けも良い方だったとも思う。
ある程度は好きなこともさせてくれた。
父、母が忙しくとも、姉や乳母や大人たちが、僕の世話をしてくれて、愛情もたっぷり受けた幼少時代だった。
思春期にかかる頃。
僕に病魔が訪れた。
高熱の末、僕はどうやら子供が出来にくい体質になってしまったらしい。
当時は、それを理解しても、何がそんなに違うのかまでは、本当の意味ではわからなかった。だから、僕自身は、周囲ほど悲壮感はなかった。
が、親や親戚、周りの目が変わったのは、無知ながらも感じていた。
色恋沙汰一色の青年期で、僕は、心のどこかで、周囲のそれとは違う、一般的では無い自分の立場と体質を感じはじめた。
自分は、長男で、跡継ぎである。
それは、二十代になっても変わらなかった。
だけど、僕に求められるものはそれ以上無かった。
お陰で、好きな分野を学ばせてもらい、好きな職につき、親しい友人と起業もさせてもらえた。
結婚適齢期の姉が、僕の後も家系を保つために、相手を選び、僕の後を継いでくれる男の子を産む、と断言した。
姉は、姉なりに我が一族の今後の事まで見越して、自分の人生を賭けたのだろう。
僕はその間、何の希望を持って、お見合いをしたり、女性とお付き合いをしていたのだろうか?
家の事や、自分の立場など、少しでも頭の片隅をかすめたりでもしたのだろうか?
周囲に言われるがまま、相手に言われるがまま付き合ってみたものの、相手には申し訳ないが…全く興味が無かった訳では無いが…それ以上深く相手に興味を持つ事が出来なかった。
それでもやはり、間違ってでも、子供ができることはなかったし、興味の無い相手と一生一緒になる気も起きなかった。
僕が三十代の頃、
姉に待望の長男が産まれた。
皆の愛情がそこに注がれた。
僕が何かを言った訳では無い。
が、僕の孤独感を察してか、祖父が職場の近くにマンションを与えてくれた。
そこに住んでもみたが、尚更、孤独を感じて、このマンションに一人で住むには恐ろしかった。
マンションから見える景色は、いずれ自分の物になるようで、いずれ自分の元から離れていく。
その全てを一人で負うには怖かった。
時々は重宝した場所だったが、僕はそれでも実家の自分の部屋に戻り続けた。
何故か、そのマンションに住むのは、逃げていると思われるように感じて、嫌だった。
そして、僕が逃げる事で、誰かが傷つくのを避けたのかもしれない。
僕はもう、どこにいても一人で生きていく覚悟をしなくてはならない。と確信していた。
異性に対して何の希望も無く、求めるものもすでに見出せなかった。
それからは、皆が言うような幸せは自分には訪れないと察し、諦め、仕事の忙しさに没頭していた。
皆が幸せであれば、それで良いのだ。
こんな僕についてくれる人たちがいて、好きなようにさせてもらって、恵まれている方である。
と、常に言い聞かせ、穏やかに暮らしていた。
甥っ子は可愛く、すくすく成長しているある日、姉が言った。
「あなたを一生独身にさせるわけにはいかない。」と。
それはきっと姉の罪悪感だ。
姉は家系の存続の為を思って行っていた事だったが、僕の長としての立場を奪い、脅かし、僕を寂しい人間にさせてしまった、と思ったのだろう。
自分が結婚を選ばなかった理由はもはや僕にはわからないが、自分は諦めがついてせいせいしていた所だったのに。
何やら、最高の相性の相手を連れてくると、姉が息巻いた。
勿論、本気で聞いてはいなかった。
それから何年かの間、会社に数人の新入社員や、家のハウスキーパーにと、何人か出入りがあった。
四十代を迎え、僕は、さらに仕事に没頭した。
大変な事も続いたし、それなりに忙しく、充実した毎日だった。
僕自身も、僕の周囲も、比較的落ち着いていた頃だった。
↧
第七章 草食男子の出会い ~ そのに ~
彼女を初めて見たのは、面接で会社に入ってきた時だった。
天気が良い日で、ガラス越しに外を見ていると、同じく外でキョロキョロしている子がいた。
面接官が、こちらですーと、声をかけたので、バイトだと思った。
2、3日後、友人の今井がフロアー案内で、バイトを何人か引き連れて、僕たちの部署に顔を出した。
「あっちは、企画デザイン部門だよー。」等と説明していた。
自分の実家の事や、自分がこの社長であることを、この友人の今井と数人以外、ほとんどの社員には告げてない。
友人が連れてくる社内見学が、僕との簡単な顔合わせだ。こういった総務関係の仕事は、完全に友人に託していた。
遠くから会釈した中に、あの子がいた。
ちょっと、幼い顔立ちに見えるが、歳は三十代であろう。背はすらっと高め。にこやかで親しみやすそうな、ソフトな印象だった。
説明中の友人を手招きで呼び、「新しいバイト?」と、聞いた。
友人の後ろの方でバイト同士が、「今日の歓迎会の後に泊まらせて欲しい」などと話している。
「今日歓迎会」と、聞いて、自分で何かが閃いてしまった。
「じゃあ、おごってやるから、みんなで行くかぁー」と、宣言してしまった。
自分が、彼女と親しくなる場を作りたかったのだ。
周りがわー!っとなった。
バイトの子達もニコニコしていた。
…初対面の人に、このような事は、普段まずしない。
自分で、何かおかしい行動をしていると思ったが、友人に気づかれないように、周りを巻き込んでごまかした。
その後も、飲み会の席でも、何故か分からないけど、彼女を見てしまっていた。
友人やバイト同士で話している姿を何度も見てしまうので、なるべく見ないように、気を配った。
その時はまだ話しかける事は出来なかった。
何故、見てしまうのか。その事について、自分でも戸惑っていた。
見てしまうのは、好意を持っているから。
何故?
「好き」という気持ちも実感出来なかった。もう、忘れてしまっていたのかもしれない。
自分でも良くわからなかったけど、彼女が何者なのか、その後すぐわかる事になる。
気が付くと二次会の出欠をとっていた場に、彼女がいなかった。
彼女と数人がコンビニに入り、彼女の家に向かうという。
悪ノリして同僚何人かと一緒に乗り込もうと後を追っていた。
彼女の向かった家が、俺の家だった。
姉が見つけた人だと思った。
だから、彼女が急に俺の前に現れたのだと、胸が高鳴った。
だけど、彼女は全然俺に気づいてなかった。
ついてきた俺たちに驚き、慌てて、忙しく家のあちこち片付けたり、飲み物出したり、グラス出したり、洗ったり、おしぼり探したり、先輩達の要望を聞き、ちっともこっちを見ない。
この家は借り物で、留守を預かっているだけだ。という。
俺の事に気づいて無い?
分かっていて、わざと?
俺の存在に気づかないフリをしている?
じーっと、見ていたら、何かの時に、目が合った。
多分、二人きりの時間。
わっと誰か大きな声を出した隙に、彼女は台所の奥に隠れてしまった。
それですぐ終わった。
…それだけ?反応は何かないの?
少し酔った勢いもあって、奥の部屋に行った彼女を追いかけた。
相変わらず、奥でも色々片付けていた。
部屋の奥には、個室が沢山あった。
ここは、来たことが無かった。
食材庫、洗濯室、乾燥室、業務員用の浴室、部屋。ハウスキーパーの人が普段使っている部屋だった。
どこからか、急に彼女が出てきた。大量のタオル類など持ち、また別な小部屋へ。
「はぁー…また詰まってる…。」
独り言を言っていた。彼女の後ろからその部屋を覗いた。
排水が詰まって、水が一面に溜まっていた。
「ひどいね。」
振り向いて驚かれた。
「どうしたの?これ。」
「排水がすぐつまるんです。今日みんなで色々使ったから…。」
「どうするの?」
「え?掃除しますよ。」
「へえー…。」
もしかして、彼女はお手伝いとして雇われていたのか?と、思った。
興味深くて、彼女の後をついて回った。
「ここは何の部屋?。」
「ここは乾燥室で…。ほらほら、先輩たちが待ってるので、戻ってくださいー。」
と、彼女は少し、イラついているようだった。
もしかして、彼女自身も何も知らないのか?
イラついているが、彼女に振り向いて欲しかった。
彼女は一番奥の部屋に入った。
覗くと彼女の私物が置いてあるようだった。
「この部屋に住んでるの?」
「それ以上入ってこないで下さい!」と制する彼女。
どうやら着替えようとしていたらしい。
服が濡れていたもんな。
どうしても動きたくなくて、「どうぞ」と着替えを進めた。
彼女から「出て行って下さい。」と、詰め寄られるかも…という期待があったのだが、「そうですか。」と、彼女はそのまま着替えを続ける事にしたようだ。
後戻りが出来なかったのか…気丈なフリをしたのか…。
自分もふてぶてしく居座り続けた。
別のシャツをカバンから出した。着替え中はなるべく見ないようにした。
「狭くない?」
「え?狭くないですよ。きれいだから、隅々まで使えますし…。」
僕は入り口に立ち、部屋を見渡していた。
部屋が狭いと、距離が近い。
簡単に着替え終わった彼女が、立ち上がり部屋を出ようとするが、立ちはだかった僕に戸惑う。
平気なフリを装っていたが、多分僕の存在に戸惑っている。
その様子が可愛くて…。
右往左往戸惑いながらも、何も無いようにすり抜けて出ようとした。
瞬間。
勝手に、身体が動いてしまった。
僕の隙間を通り抜けようとしたところを、腕を掴んで引き寄せて抱き締めてしまった。
彼女の細い、しなやかな身体が、気がつけば、すっぽりと、自分の胸の中に収まってしまった。
その感覚が…自然過ぎて…何が起こったのか、お互い分からなかったのかもしれない。
もう少し確かめたくて、力が入る。
遠くの音が聞こえて、彼女が我に返ったのか、僕の脇腹を掴んだ。
「あっ!」
と、力が抜けた隙に逃げられてしまった。
何となく、そのあとの感覚が残った。
広間に戻ると、みんなはどんちゃん騒ぎ。
彼女は何も無かったように過ごしている。
当然僕を見ようとしない。
それは、意識していると言うことだよね?
僕は、その感覚の余韻に浸りながら、遠くから静かに彼女を見ていた。
好きになると、理由を言えるかもしれないけど、これがどういう感情で、どういう理由があるのか、僕は分からない。
彼女が何者なのかも分からないけど、探っていけば、分かるような気がした。
翌日、友人が家にあった本を資料に使いたいと言ってきた。
友人は、この家が僕の物だと知っていたが、実際に中に入るのは初めてだった。
だが部屋の留守を預かっていると言った彼女が、家主に気付いてなかった事に気づいて、先に自分にお伺いをたててきたのだ。
僕は一つ返事で「いいよ。」と答えた。そして、「俺も一緒に行く。」と、答えた。
こいつは、俺の行動に気づいているかもしれない。
だけど、何でもない風にしらをきった。
友人も、その事については何も言わなかった。
その日、初めて彼女と二人っきりになった。自分の存在を彼女に気にしてほしかった。
家の主人であることを明かし、それも理由に彼女に近づいた。
一人じゃ怖いと思ったこの部屋の「夜景が綺麗ですよ」という彼女の言葉を信じてみたくなって、無理やりその場に留まり続け、一晩泊まる事にした。
話をしているうち、一人じゃないと眠れないという。
彼女もまた、独りに慣れているようだった。
僕と似ている気がした。
孤独を知っている。
あまり強制はしないつもりだった。
無理に近づいて、拒否されるのも、拒絶されるのも避けたかった。
ベッドに横になっていて、静かな時が流れて…僕はいつの間にか眠ってしまっていた。
ふと目が覚めても、暗いこの部屋の中でも、全く怖くは無かった。
毛布が掛けられている事に気がついた。
僕の隣りで、彼女が静かにスースー眠っていた。
隣に誰もいないのが当たり前だったけど、隣で彼女が眠っている姿に安心した。まるでそれが自然な事のように。
僕に掛けられた毛布を彼女にも掛けた。
眠かったけれど、ぎりぎりまで彼女の寝顔を見続けていた。
それから毎日、理由をつけて会いに行った。
彼女は戸惑いながらも、彼女なりに少しずつ僕を受け入れているようだった。と、自分が信じたかったし、そう信じていた。
彼女は、警戒しながらも、時々自然に笑みがこぼれた。そしてまた、少し冷たくしてみたりするが、何かの拍子に心を許した表情をする。
その様子が可愛いくて、愛おしく思えた。
毎日、何気ない会話をして、一緒の空間にいるだけで心が安らいだ。
お互いの事を深く聞かなかったし、深く聞けなかった。
だけど、彼女と共感する事が多くなっていくにつれて、つい本当のことを言うのを先伸ばしにしていた。
彼女に僕の背景の事を気にして欲しくなかった。
というのと、
実家の事を忘れてこのままの関係でいたかった。
というのは、
自分の方の願望かもしれない。
全てを打ち明けられない僕は、好きだという気持ちを言う事さえ、躊躇っていた。
↧
第七章 草食男子の出会い ~ そのさん ~
ある日、姉の登場で、自分の大好きな空間が危機にさらされた。
僕は、姉が連れてきた娘に会ったとは、一言も言っていなかった。
姉に知られたら、この空間が違うものになるのではないかと想像して怖かった。
現実的な話を彼女にされてしまう。避けてきた僕の現実を…。
「今この家に住んでいる人は、私が選んで連れてきた人よ。」
案の定、姉からそう知らされた。
やはり、そうであったか。
そうであっても、どうでも良かった。
だからどうだと。
彼女を気になった理由はそうなのかもしれないが、それで好きになったわけではない。
姉は、僕の行動がいつもと違う事に気づいていた。
帰りが遅かったり、泊まりになる日が増えたり…。この家に入りびたり、彼女と会っていることも、好意を持っている事も、もう知っている。
きっと、俺が気に入ったのなら、ぐずぐずしないで、早く事情を話して、話をまとめなさい、と言いに来た、という事なのだろう。
でもそれで、彼女の反応はどうなるのだろう?
無理強いして、良い関係だったのに、嫌われたりしたら…。と、
とても怖くなった。
「彼女はいつ帰ってくるの?あなたがここに居るという事は、すぐ帰ってくるのよね?待たせてもらうわ。」
僕は、彼女にゆっくり買い物をしてくるようメールし、
「彼女とはまだそういう関係では無い。彼女は何も知らないし、とりあえず、今日は帰ってくれないか」
と、促していた。
ほどなくして、外のドアが閉じた音がした。
でも、人影が無い事に気づき、慌てて彼女を探した。
彼女は、姉の存在に気づいて家を出ようとしていた。
とうとう、姉と対面する事になった。
最初は、姉の存在に怯えているように見えた。
「はじめまして。この子の姉です。」
姉は何処まで話すつもりなのだろう。
聞いた彼女の反応は…と、気になって内心落ち着かなかった。
しかし、彼女の答えは、僕の理想を越えていた。
僕の素性を姉が冷静に話す一語一語に驚きながらも、頷きながら次々聞いている。
納得している…。
姉が、今事実を初めて話しているのだから、彼女は初めて聞く内容ばかりのはず。
「だから…そうだったんだ…。」
と言わんばかりの表情をしていた。
その様子にほっとした。
さらに、姉が跡継ぎの話までし、「子供はつくらないでほしい。」と条件を出した。
何を言い出すんだ!姉は!
と、自分も思ったし、彼女もそう思ったに違いない。
そして、姉は僕に子供が出来ないことも明かした。
彼女もまた子供をつくるには障害がある事を告げた。
その上で、彼女は、
「もしそんな二人に子供が出来たら奇跡だと思うんです。そしたらその時、産みたくなると思うんです。
今、産まないお約束はできません。」
と、きっぱり言った。
二人に、子供が出来たら…それは、君と僕の二人と言う事だよね?
子供がいたら僕の人生は違ったのだろうか?
それは、現実的にありえない事で、考えた事は無かった。
可能性的にはほぼ無い事なのに。
彼女の意見は正しい。
正しい未来だ。
二人の子供が出来たら…僕らで家族が出来たら…。
「うん、そうだね。」
と、僕も応えた。
あれが、僕たちの初めての意思確認になった。
結婚式の日取りも決まって、出会った頃を思い出していた。
「?どうしたの?」
隣りで眠っていた彼女が、僕の視線に気が付いて、目を覚ました。
「寝顔見てた。」
もー…と、彼女が嬉しそうに笑う。
「明日も残業でしょ?早く休んで。」
と、俺の身体を気遣って、布団を肩まで掛けてくれる。
「初めて一緒に眠った日の事思い出してた。」
というと、彼女もすかさず
「覚えてる。」
と言った。
眠いのか、目をつぶったまま、僕の首元に顔を寄せて腕の中に入ってきた。
「すごく…安心して…私もそのまま眠っちゃって…。一人じゃないと眠れなかったのに…。」
ここが落ち着く。
そう言いかけて眠ってしまったようだ。
彼女の寝息を感じながら、僕も彼女の眠気に誘われ、安心して目をつぶった。
↧
↧
第八章 不幸女子の過去 ~ そのいち ~
さてさて、式を前に迎え色々準備があるようで…
な、無い。
人様にはお見せない身分の嫁なので、完全身内のみ。
…親族のバランスが釣り合わないからね。
お式の内容やお値段から、招待客や何から何まで合わせられない。
それは、大変申し訳ないけど、お互い歳も歳だから、派手に式は挙げない、という名目がたった。
その代わり、彼の実家の財力のお陰で、見劣りする嫁には出来ない、という事でドレスあわせとか、準備はほぼ向こうが完璧揃えてくれた。
申し訳ないというか、恐縮するばかりである。
完璧な格差婚。
選ばれる実力もないのだが…結婚の唯一の決定力が、本人たちの相性が合う。
という、何にも変えられない理由があるからしょうがない。
彼に望まれている。彼に理解されている。
とは言うものの、結婚するとなると、やはり自分も家族に、彼を会わせなくてはならない…。
私も彼に話したくなかった、自分の背景。
私が一人暮らしする理由となった家族に。
恵まれて無かった訳ではない。
ごくごく普通の一般家庭。
嫌いな訳ではない。
何でも素直に意見が言いあえる、仲の良い四人家族。
きっと彼は、私が一人暮らしする理由となった事や、家族構成など、その辺りはもう調査が入って知っているだろう。
だけど、分かってはいるだろうけど、私からの報告も待っているはず。
結婚する前に、私から話さなきゃいけない事のひとつである。
自分が今まで独身である理由にしていたもの。
一つは自分の病気。
二十代。
どちらかと言うと、無茶をした毎日だった。
自分の体力と健康を過信していた。
睡眠、食事を削ってでも、仕事、遊びを優先させていた。
二十代半ば、常に身体の調子がおかしかった。
体中が毎日筋肉痛。
体力が落ちだのだと思っていた。
だけど、手足の関節がこわばり、四六時中続く激痛。
膠原病だった。
仕事を辞めた。
それから私は薬を服用している。
健康食品でさえも、毎日何かを定期的に摂る事が苦手だった私は、毎朝薬を服用しなくてはならなくなった。
薬の副作用もあり、吐き気やめまい、抜け毛もあった。
身体の痛みから、人と距離を取るようになった。
外出も減った。
だけど、症状がツライ時は、薬の副作用の方が断然マシだった。
薬の副作用は、吐き気やめまいだけでは無かった。
妊娠の可能性がある場合は、妊娠の半年ほど薬を休んで、薬の成分を抜かなくてはならなかった。
三十前後ではあったが、充分子供を作る事を考えられる年齢ではあった。
だが、こんな身体で、これから異性と出会って結婚するのも、子供を作るための簡単ではない努力が必要な事も、相手がこの病気を本当に理解してくれるのかも、そういう相手を見つけられるのかも、その当時の私には到底無理な話であった。
そうして、友人たちは結婚をし、子供を設けている間、自分は独身を謳歌する程でも無く、地道な闘病生活を送っていた。
症状が良くなって、また私は働き始めた。
以前の様に無理はしない。
自分の医療費を稼ぐ程度に。
と、決めていても、自分は少し幼く見えるせいか、三十前後でも、見た目は充分健康的に見えたようで、「若いから」「元気でしょう」と、周囲に期待され、無理をせざるを得ない場面は、相変わらず続いていた。
転職した仕事に、楽しみを見いだせてはいなかった。
↧
第八章 不幸女子の過去 ~ そのに ~
もう一つは、家族の病気。
病んでいるのは精神。
何かと親戚がもめていて、最初に母の病気が発症したのは、自分が学生の頃だった。
自分もいつか母のように精神を病むのではないか、という不安。
家庭を築く事の大変さから、結婚や異性に対しての抵抗感、不信感が芽生えていた。
自分の青春期に影響する程、少しトラウマが続いていた。
それだけが理由では無かったのかもしれないが…。
だけど、周囲にはそれをひたすら隠していた。
家庭のデメリットになる事は隠すようにと暗黙の了解で教えられていた。
精神的に不安定な家族と一緒にいるのは、精神的にも体力的にもヘトヘトになった。
ヘトヘト…では少し可愛らしい。
何かする気力を奪われた。
だけど、外では幸せな家族を演じなくてはならない。
転勤族という事もあって、家庭の事情を深く話せる友人は少なかった。
大人になって、就職の為に、実家を出た。
が結局、病気の為に再び実家に戻ってきた。
心の何処かで、自分も大人になったし、崩壊した家族を、また、崩壊する前の幸せな家族に戻す事が出来たら。と思っていたのかもしれない。
家の中は相変わらずであった。
理想の高い父と母の狭間で、姉と共に支えたつもりではあったが…そこで自分も再度、病を発症した。
地域を点々としていた私は、実家のある町に自分の相談に乗ってくれる人は誰もいなかった。
私が離れた友人と会う事、連絡を取る事も、気分転換に遊びに出る事も、家族には許されていないようだった為、とうとう、自からその全てを切り離した。
愚痴を言うと、それ以上の愚痴を聞かされ、愚痴を聞かないと激しく落ち込まれ、その行動は私を責めた。
私の元気が無いと、母が自分のせいだと落ち込んで、家族を罵り、罵られた家族が私を責めた。
私はひたすら、自分の体調が良くない事を隠し続けていた。
隠れて通院、重なるストレスでいくつかの病気も重なり、薬が増えた。
命があるだけマシだと信じながら、それだけで生きていた。
楽しい事は何も無かった。
そういった生活が五、六年程続き…生活が単調になってきたある日、母の症状も落ち着いて来た。
それぞれが制限されていた活動を行えるようになって来ていた。
それを見計らい、私は家を出た。
あのまま、家にいる事も出来たかも知れない。
が、あのまま家に居たら死を覚悟した…と、そこまで追い詰められていた。
仕事量も増えていた頃だったので、体力的にも追い詰められていたのだろう。
自分に何か変化を与えないと、この状態を長く続けるのはもう限界があると、そう思い、家を出た。
家族より、自分をとったのだ。
家族を見放したのだ。
自分の家族だから、全てを永遠に切り離せない事は分かっていたが、あのまま生活を共にしていては、自分が持たないと思った。
そう思って実家を出たからこそ、この機会を得る事になったのだけど…。
実家に対して罪悪感が残る。
自分が幸せになることを、家族は喜べないのではないだろうか?
彼を紹介出来る精神的状態になっているのだろうか?
私を妬み、彼を恨み、彼に罵りの言葉を浴びせたり、奇怪な行動を取ったりするのでは無いか?
他人を、自分の家族は受け入れられないのではないか?
彼を家族に紹介するのが怖かった。めちゃくちゃにされたらどうしよう。
そして、彼が私の家族に幻滅したらどうしよう。こんな人たちと家族になるのは嫌だと言われたら…。
けれど、彼にはありのままの事情を話さなくてはならない。私の家族の事なのだから。
色んな可能性、メリット、デメリットも彼に伝えた。
他人には「ええ恰好しい」な所があるから、ひどい事はしないと思うけど…。もし、失礼な態度を取ったらごめんなさい。
精神病になるような人は、道徳心が強すぎて、でも思い通りにならないから病んでしまうような、繊細な人が多いと思う。
もし、彼に失礼な態度を取っても、心のなかでは祝福していると思ってほしい。
と、彼に伝えた。
上手く表現出来なくても、私が幸せなら良かったね。と、きっと思ってくれているはずだから
と。
彼に一つずつ、言葉を選びながら説明をした。
こんな暗い、面白くない話を、彼は黙ってうんうんと聞いてくれていた。
「君は、ご家族の事をとても大切に思っているんだね。」
と、彼に言われ、急に涙が溢れ出て、止められなかった。
その涙の意味は、自分ではわからない。
何の感情が高ぶったからなのか。
彼に優しい言葉をかけて貰って、自分の罪悪感が拭えたのか、我慢していた糸がぷつっと切れてほっとしたからなのか、彼が自分の気持ちをわかってくれて嬉しかったからなのか。
初めて、自分の気持ちを受け止めてくれる人がここにいた、
という奇跡に出会えたからなのか。
彼は、何も言わず、私の肩を寄せて、優しくぽんぽん…としてくれた。
彼に話を聞いてもらえて、自分で抱えていたしこりの様な物が、涙と共に流れていった。
私の重い心が少し軽くなっていった。
↧
第八章 不幸女子の過去 ~ そのさん ~
彼と共に、実家に帰ると連絡をし、彼の家から離れた町にある、私の実家へ向かった。
結婚の報告と、びっくりさせてはいけないので、彼の事情も簡単に、事前に説明していた。
かなりの資産家ではあるが、彼はそれを気にして身分を明かしていなかった事も、私も今後、今の生活を変える気が無い事も、子供が出来る見込みはない事も。
家族の言いたい質問は大体予想できるが、家族も私の考えていることを予想しているようだ。
私が納得した上で決めた結婚で、解決している問題だからと理解してくれてか、それ以上については聞かれなかった。
久しぶりの実家は、やはりほっとした。
一緒に生活していると、色々問題が出てきたが、家族の存在は自分の支えになっている。
「おかえり。久しぶりだね。元気だった?」
と、何も特別な事は無いように、笑顔で母が迎えてくれた。
とりあえず、心配していた様子では無くて良かった。
「はじめまして。近藤です。」
と、私ですら緊張するのに、彼は落ち着いた様子で挨拶してくれた。
「はじめまして。この子から聞いてます。ほら、お父さん、紗己子が帰ってきたわよ。」
その様子に、彼と二人で顔を見合わせてほっとした。
家の中に入ると、大分頑張って片づけた形跡がある。
彼の存在も、お客様として、丁寧に扱ってもらえた。
雑な扱いをされずに済んで、一先ず安心。
父も、常日頃、婿が来たら威厳を見せたくてしょうがない様子ではあったが、きちんと対応してくれている。
まあ、彼の印象が良いからなんでしょうが。
「はじめまして。近藤将希と言います。」
と、彼が先に挨拶を始めた。
「はじめまして。まあ、疲れたでしょう、座りなさい…」
と、すすめた父に対して、
「まず、先に謝りたいことがあります。」
と、彼は椅子を避けて父の前に正座をした。
え?もう?
と、思い、すぐ彼の横に座った。
「お話は聞いていると思いますが、娘さんと結婚させて頂く事になりました。まず、こちらにご挨拶と、結婚の許しのお伺い立てるべきでしたが、遅くなってしまって、申し訳ございませんでした。」
と、頭を下げた。
その、あっぱれな姿に、居間に入ってきた母や姉も、家族一同見惚れっぱなし…。
さすが、大人の男!締める所は締める!
こんな事をしようと、考えていたなんて…。
私も続いて頭を下げた。
…ちなみに、こういうきっちりした形式は、父が最も好む事…。何故、父の好みがわかったのだろう?
やりすぎても角が立つけど、何だが、とても雰囲気が好感触だった。
「いいよ、いいよ。もう頭を上げて。ほら、座って。」
と、場は和んだまま、一同着席した。
「…二人ともいい歳だし、自分たちで決められるだろう?親があれこれ口を挟む年齢でもないし。この子の選んだ人なら、間違い無いと信じています。」
父は、改まると敬語になる。
確かに、「信じて」くれているが、「間違いない」にプレッシャーを感じ続けこの年齢まで来てしまったのだが…とうとう、「間違いない」人が現れて、父も安心してこの決め台詞を言えているのだろうな。
…言わせられる人を連れてこられて、本当、に良かった。
二人はどこで出会ったとか(ちなみに、職場でという事になっている)式はいつにするとか、今後の予定は…など、彼の魅力に家族もはまっているようで、彼を和に入れて話が進んでいった。
受け入れてもらえて良かった。
でも、何故か私はこの光景を俯瞰で見ている。
まるで私の存在は消えているようだった。
そうね、私の話は後でもいくらでも出来るものね。今は、家族の新メンバーの話が中心だもの。
…家族との距離感が遠く感じられた。
頼られず寂しくもあったが、この家からもう解放されたのだと思うことにした。
我が家の挨拶も、小一時間程度で終わった。
「では、式の日は宜しくお願いします。今日は、ゆっくり出来なくて申し訳無いです。」
「いやいや、遠いから、気を付けて帰りなさい。」
みんな和やかに見送ってくれた。
立つときに母から手紙をもらった。
「素敵な人で良かったね。幸せにね。」
と、耳打ちされた。
「ありがとう。」
ふふ、と笑いあった。
帰りの彼の車の中。
「良かった。怒鳴られるか、殴られるか覚悟していたよ。」
「あ…ごめんね…そんなにプレッシャーになっていたとは…。私が変な話聞かせたから…。」
すると、彼はふっと笑った。
「違うよ。男なら、結婚する時、誰もが通らないとならない道だと思っていたからね。覚悟はしていたよ。」
全然気づかなかった…。そんな素振り見せなかったし、気づかなかった。
「話は聞いておいて良かったよ。こんなに家族想いの君だから、家族からさぞ大切にされているだろうな、と思っていて。きちんとしたくて、先手でいったんだ。大丈夫だった?」
さらっと言ってのける。
当然じゃない!
「すごーく、格好良かった!」
惚れ直したと言わんばかりの、満面の笑みで答えた。
彼も、その表情を見て嬉しそうだった。
ふと、母からの手紙を思い出し、軽く目を通そうと思って開いた。
母の達筆な字を見たら、急に胸が詰まった。
大した内容は書いていないハズなのに。
一般的な母親としてのコメントなのに。
「…何か書いてあった?」
その涙が喜びなのか、哀しみなのか、心配した彼が、私の様子を伺った。
心配してもうら涙では無かったので、
「いい事書いてあった。」
と、笑顔で答えた。
手紙には、文字の内容以外の、母の込められた気持ちや思い出が入っていた。
↧
第九章 結婚式 ~ そのいち ~
質素に行われた結婚式。
本当に、相手の家族のみ、自分の家族のみ。
お日柄も良い大安の日、式を挙げることになった。
自分の家族も穏やかで良かった。
相手の家族ともケンカになってないようだし。汗。
姉も、私が家を出てから、良い出逢いがあり、私がお兄さんと呼べる人を連れてきていた。
式は質素に簡素に終わる予定。
この年齢でドレスとは…。
私事ながら、さすがに広範囲のお肌の露出は…無理。必要最低限の露出と、自分では無いようなメイク。
わぁー素敵だけど、自分じゃないみたいー。
なんか、若くなった気分。
彼に見てもらおうと、部屋に来た気配で振り返った。
彼は最初、一瞬止まって、そして私とわかって二度見した。
「誰の相手かと思った…。」
と、満面の笑みで、少し照れくさそうに笑っていた。
喜んでくれているのよね?
と、私もその様子に満足した。
彼も、元々のスタイルの良さに加え、礼服の着こなしがさすが慣れている感じがする。
大人の男性として、とっても素敵。
初めてみる素敵な彼の姿に、緊張した。
「おじさん、おばさん、にしては上出来じゃない?」
と、褒め合った。
「ただ、この状態がいつまでもつのか…。」
と、手をとって笑いあっていると、部屋にお義姉さん夫婦が挨拶に入ってきていた。
あ、見られていたかしら。
危ない、危ない。気を抜いていた。
「お義兄さん、お義姉さん、今日はありがとうございます。」
と、すぐ切り替えて、何気に挨拶した。
ヤバイ、ヤバイ。歳なのに、いちゃいちゃしていると、ドン引きされてないかしら。
彼は二人の相手で何かお話していて、私はぽーっと、一人取り残された。
うーむ。彼がいないと、間が持たない。
と、思ったら、お姉さんの子供が手を引っ張った。
目をキラキラさせて、
「おばさん、キレイだね。」
がく。
と、したが、可愛い事を言ってくれた。
「ありがとう!」
と、素直に返して、いい子、いい子してあげた。今日はベールを持ってくれる予定。
「今日は宜しくね。これ、持って一緒に歩いてくれるんでしょ?」
とベールを見せたら、「わかんない」と照れていた。
和装が苦手な私たち家族に合わせて、チャペルでの式となった。
父と、バージンロードを歩く。
父の方がよっぽど緊張していた。
倒れないかと、心配で、腕を組む時、逆に支えようと力が入った。
後ろの、ベールをもってくれる小さな彼も、親と離れてド緊張の真っただ中だった。
二人の方が緊張で喋らない。
私の方が、逆に冷静になってしまった。
「大丈夫、ただ、歩くだけだから。真っ直ぐ歩くだけでいいからね。座るまでの辛抱だから。」
と、二人を励ました。
扉が開き、道を歩く。
親族のみなので、参列者は前方の席にしかいない。
彼が笑顔で待っていてくれている。
私は、ド緊張の二人を引き連れ、彼の元へ歩いた。
形式的な式典というものは、卒業式以来ではないか?
逸る心を抑えながら、ゆっくり歩みを進めた。
内容は、あっという間に終わった。
神父さんのありがたいお言葉も、誓いの言葉も、指輪交換も、キスも、あっという間に終わった。
自分の結婚式とは思えないくらい、実感を持てなかった。いつも見る側。
他人の結婚式に出席してばかりで、まさか自分の結婚式に実感が持てないとは…。
式を終え、和やかに家族で写真撮影を行った。
家族写真を終え、皆が庭のテラスなどで一休みをしている間、二人だけの写真撮影が少し残っていた。
二人の撮影をしている間、お姉さんが彼を呼んで、何かを話していた。
…先に帰るのかな…?
彼が戻って来て、
「家で、お披露目会的なものを用意してあるらしいって…家を出る時は全然そんな事言ってなかったのに…。」
と、彼が申し訳なさそうに言った。
ヒェッ!
「お披露目会って…どんな感じの?」
「多分、普段付き合いのある親戚が来ると思う。会社関係の人は来ないだろうし…。そんなに多くは来ないと思うけど…。」
あたくし、倒れますわ。
「こ、こっちの家族は行かなくても大丈夫?」
「それは、大丈夫だと思うよ。今日は、ホテルでゆっくりしてもらって、明日、家族で過ごせる時間作ったらいいよ。」
「そっか、それなら良かった。…き、緊張する…。」
おじさん、おばさんとか、親戚がいるって事よね。どんなふうに見られるかわからないから、緊張するわ。
私のその様子に、彼が、
「すぐ帰れるようにするから、一時間位頑張って。」
と囁いた。
「うん。わかった。」
一時間なら頑張る。
と、自分を奮い立たせた。きっと最低限のラインだろう。
撮影が終わり、取りあえず、私の家族とは、ここで別れて、ホテルに戻って行った。
「着替えて、後から行くよ。」
と、彼のご両親たちを、先に見送った。
↧
↧
第九章 結婚式 ~ そのに ~
私たちは、余韻もあっと言う間に、衣装を着替えて、彼の実家へ向かった。
その間に、彼に少し情報をもらう。
「姉の時にも、確か親戚を呼んでた。父方の兄妹夫婦とおばさん、母方のお母様…祖母と、一緒に暮らしているお兄さん夫婦たちが来ると思うな…。僕のいとこたちも、子供を連れてくるかも知れない。」
どんだけ来るの?
私は、人を覚えるのはとても苦手。
しかも、家族構成とか、関係とか、すごく苦手なのよ…。
「他にも親戚がいるけど、今日呼ばれる人たちは、近所に住んでいて、うちと付き合いが深い人たちだから、これからも、何かと顔を合わせるかもしれない。…父も母も、君を紹介したいんだよ。」
そう言われると…。
「わかった。…大丈夫だよ。」
人前には出せない嫁だけど、親戚には紹介して下さるのね。
ありがたい。
それにはお応えしなくては。
彼の実家に着くと、まずお色直しだった。
通された部屋に用意されていた、タイトに見える上品なシャンパン色のカクテルドレスに着替え、ヒールの細いパンブスを履き、着けた事の無いような装飾品を付けられた。
ヘアスタイルのお直しから、お顔のお手入れまで…この家専属のプロの人ですか?という方に直してもらった。
また、見たことのない自分、少し大人っぽい感じになっていた。
私…こういう格式高いものには、ここ四十年近く、全く縁が無かったので、一時間も持つのかなぁー。
と、とても不安が募った。
指定された大広間に向かう。
何かざわざわしている。
人が集まっていた。
ドレスとかタキシード的なご婦人紳士がいっぱい見えて…泣きたい。
入り口からこっそり覗いていたのだが、集団に囲まれた中から、彼が私を見つけてくれて笑顔で寄ってきてくれた。
「また、見たことない素敵なご婦人がいると思ったよ。」
と、耳元で囁いて、手を取ってくれた。
ハイヒールやら、頭の飾りやら、ネックレスなどの貴金属も自分には全て不馴れでロボットのようだったから、彼が手を支えてくれるだけでも心強い。
「ホント?誉めてくれたから、頑張る。」
全く自信が無いけど、強気な発言で自分を奮い立たせた。
二人で並んで歩くと、周りの視線を集めた。
「この方が、お相手の?」
「紹介します、妻の紗己子です。」
「妻の…」という響きが喜びと責任を感じてドキドキする。
「初めまして。紗己子と申します。宜しくお願いします。」
「初めまして。」
「可愛らしい方ね。」
「いつの間に、こんな若い人見つけて来たの?」
「どちらで出会ったの?」
「今度僕の家にも二人で遊びにいらっしゃい。」
「この方は、父さんの妹の…」
目まぐるしすぎて、当然ちっとも覚えられないけど、紹介は、次から次へと進んだ。
一通り、紹介タイムが終わると、別な談話が始まっていた。
…もうついていけない。
お役が終わって、なんとなく、彼の後ろに隠れていたら、後ろから声をかけられた。
「奥様、お召し物を替えます。」
あ、乳母の人!
彼が「もういいよ」と合図してくれた。
「それでは、失礼します。」
と、その場の方々に挨拶して、彼女についてその部屋を出た。
二階の、部屋が沢山並んでいる場所に連れてこられた。
その、一室に通された。
「将希様から、ここで休まれるようにとの事でした。必要なお飲物、お食事、お運び致しますので、そちらのお電話でお申し付け下さいませ。」
高級ホテル並み…以上の対応!
「いえいえ、こちらこそ、宴会で忙しい所、こちらも申し訳無いです…。大人しく休んでいるので、お気づかい無く。ありがとうございます。」
私の恐縮ぶりに、乳母さんは驚きつつ、笑った。
「?…すみません、何か可笑しな言動したみたいで…。こちらのやり方には慣れていなくて…。」
「…いえ、申し訳ございません。将希様以外の方で、そのように言われたのは久しぶりだったものですから…。」
?な、何?
「お二人は…似ている所があるのですね。」
「…そう…ですか?それなら嬉しいです。」
「こちらに、お飲物数点、それと将希様に言われて、部屋着を用意させて頂きました。お部屋のシャワー室を使用されて構わないとの事でした。」
タイトなドレスだったので、ゆったりしたワンピースの部屋着は、何と有難い!
彼の気づかいに、惚れ惚れした。
「結婚式の準備などで、疲れがたまったようで、体調が優れず、お部屋で休んでいると、皆様にお伝えします。ゆっくりお休みくださいませ。」
まあ!何てお心遣い!
「あ、ありがとうございます…!」
乳母さんは、にっこり笑って部屋を出た。
お披露目会を抜けて来た部屋は、彼の部屋と思われるところだった。
多分そうなんだろうなぁ…。インテリアが、やはり落ち着く感じ。
生活している感じがあるけど、シンプルな家具しか配置されていない。
中央に一段高い段差がある。
その上にベッド。足元に腰かける長椅子がある。
明るい木目調の家具で統一されていて、柔らかい印象で落ち着く。
部屋の間取りは…えらい広い。
左の奥、ベッドの裏にはシャワー室、右側、ベッドの足元の方は机や椅子、台など、広いスペースがある。
右の…この扉はどこにつながるのだろう…?
これ開いたら、もう一つ部屋がありそう。ウォークインクローゼットとか?
ベッドの奥には壁一面の大きな窓がある。
窓の外には、ちょっとしたデッキがあった。
窓を開けて、外に出た。
下を見ると、以前、私たちが歩いた裏庭が、いい感じで見降ろせた。
下の方から、人の声も少し聞こえる。
着けていたアクセサリー類を全てはずし、服をゆったりした部屋着に着替え、パンストや、締めつけてあったものも全て外して、解放された。
そこにある椅子に腰掛けた。
この空間がいい感じ。
そして、本棚の背表紙を眺めたり、部屋のシャワー室を覗いたり、テレビを見たりして時間を潰した。
しかし…。
待てども、暮らせども…彼は来ない。
勿論電話も来ない。
来ない…。
下の宴会の声だけは聞こえる…。
ちょっと暗くなって来ているのだが…もしかして、夕食の時間に突入してないかい?
そんなに長く続くのかい?
まあ、いいけど。
彼の家のしきたりが、全く分からない。
腹減って来たよぉー。
痺れを切らして、部屋の扉を開けた。
あの、裏方の厨房に行ってみよう。何を頼んだら良いかわからないけど、おにぎり位は握ってもらえるよねぇ…。
と、私は適当な方向感覚で厨房の方へ向かおうと部屋を出てみた。
「あっどうしてここにいるの?」
「え?」
お姉さんの子供に見つかった。メイドさんと一緒だった。
ヤバイ。のかなあ?
「おばさんね、ここで休んでいたの。でも、お腹空いたから出てきちゃった。」
と答えた。いいよね。別に。
すると、そばに居たメイドさんが
「それなら、私が何かお持ち致しましょうか?」
と、声を掛けてくれた。まあ、皆さんに気遣ってもらって、恐縮しちゃう。いつか慣れるのかしら。
「あ、いいの。ありがとう、自分で行くから。それよりどうしたの?もう休むの?」
話題を変えた。
「僕、着替えて来るの。これ、気に入ってたのに…取れちゃった。」
ほよ。何かメーカーか、ブランドのワッペンでしょうか?
ふと、自分の服に飾りが着いていた。同じブランドかなぁ…違和感無いかも。
「ちょっと待って。」
と、私のを外して、つけてあげた。
するとテンションが上がって、メイドさんに、見せていた。
「すごいね!直ったよ!」
正式には、直ってませんが…。
「しばらく、お気に入り着てられるね。あとで、ちゃんと直してもらってね。」
「わーい!おばあさまに見せてこよう!」
はぁ…男の子は可愛いね。
メイドさんと、その姿に笑っていた。
すると、メイドさんの視線が私の後ろの方に向いて、急に遠慮し、お辞儀をした。
振り返ると、彼がいた。
「あ」
反射的にすぐ彼の方に近寄って行ってしまった。
あー…二人をほったらかしたままだ…私は従順な犬か?
メイドさんは、甥っ子を連れて、そっとその場を離れてくれた。ごめんね。
彼がすぐ手を取ってくれた。
甥っ子君達の方を見ながら聞いた。
「どうしたの?」
「お腹空いて…部屋をでたら甥っ子君と会って…お話してたの。」
ははっと彼は笑った。
「部屋から何か頼もう。おいで。」
と、手を引かれて、部屋の中へ入った。
部屋に入ると、彼は部屋の明かりをつけた。
もうそんな時間になっていたんだ。
「ごめんね、途中で抜けて…。もう、戻って来ても大丈夫なの?」
「うん、やっと解放されたよ。僕も少し休むよ。」
と優しく笑ってくれた。
「…ここ、やっぱりあなたの部屋でしょう。」
「そう!わかった?」
私はうんと頷いて得意げになった。
「どう?休めた?」
「うん!ありがとうございます!助かりました。次回は…、もう少し頑張るね。」
と、やる気を見せた。
彼と向かい合って、両手を繋いでいたが…、彼がじーっと私の顔を見てくる。
「ど、どうしたの?」
何か変な事言ったかしら。
「今日の君の姿を、ずーっと見てたかったんだけど…バタバタしていてあんまり見られなかったから、今見ているの。」
と、彼は優しい目をして言った。
照れる…。
「もう…お化粧崩れちゃったよ。」
と、ちょっと俯き加減でにやけ笑いをしてしまった。
「若い時、よっぽど可愛かったんだろうなぁ…もうちょっと見せて。」
など、のろけた事を言うので、この可愛いおじさまをつい抱きしめてしまう。
嫁に来るのが、もう少し若かったら…この家の環境に慣れるのも、もう少し早かったかもしれないのに。
早道は直接聞くしかないね。
「私に出来る事はない?嫁として努力して欲しいことはある?」
と、抱き着きながら聞いてみた。
すると彼は、私の腕を放して、顔を見て言った。
「君に以前、僕に出来る事はないかと聞いた事があったよね。」
「…あった…。」
「君は、僕に財力がある事を知っていても、何もねだらなかったよね。」
「…うん…。」
確かに。あの時はお金で買えないものの事ばかり言っていた。
「それは、財産より、僕に価値があるって事でしょ?」
…なるほど、それは確かな表現である。
私は、うんうんと頷いた。
彼は、こんな幼い私の言動を見ても笑っていてくれる。
「これ以上、ここの嫁として君にして欲しい努力なんてないよ。
僕の妻として、一生一緒にいてくれる努力をしてくれれば、それだけで充分だよ。」
と、放した私の腕を再び戻して、ぎゅーっと抱きしめてくれた。
「…お金で買えない事だけど…それなら出来る!」
と、私もぎゅーっと、少し背伸びをして彼の首に抱き着いた。
結婚式の今日、人生最高の誉め言葉をもらった気分だった。
どうしましょう。
今のところ、彼と、価値観の違いが感じられない。
のか、彼が感じさせないように努力してくれているのか。
とりあえず、二人の関係にお金が関係ないから、ただ二人が出会って恋に落ちて結婚に至ったという事だろう。
巡り合わせとはどれも奇跡的なものだ。
奇跡的で、直感的。
きっと、何も知らない出会った瞬間から恋に落ちていたのだ。
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「レディ・マドンナ」小路幸也
東京バンドワゴン、7作目です。
いつも春に新作と文庫が発売されるのに、
今回は秋のドラマに合わせてなのか、
フェイントで発売されいたことに気づかず、
本屋で見つけて慌てて買いました。
秋のドラマは、キャストがイマイチ~、でも見てみるかってな具合で見てみたら、
意外によくて、また本を最初から読み返してみたくなりました。
レディ・マドンナを読んだら、やっぱり最初から読んでみたくなって、
今、1から読み返してます。
これがまたやっぱり面白い。
ちょっと登場人物が多くて、サチが前に~がありましたね。とか言われても、
そうだっけ?って感じで、覚えてられないのですが、
今回堀田家と藤島ハウスの見取り図もあって、楽しめました。
去年、後半読書ペースが落ちてしまったので、
睡眠不足にならないような、読書タイムの獲得に努めたいです。
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第九章 結婚式 ~ そのさん ~
日常に戻って、数ヶ月が経っていた。
仕事の波が、忙しい時期に入ったので、新婚旅行は少し先延ばしにしていた。
長期で海外旅行を予定している。
楽しみである。
私は、時々バイトとして、会社のお手伝いに入っていた。
が、最近、来るたびに感じる。
何だか彼の、女性陣の受けがよいみたいだ。
最近色気が着いたのか、振りまいているのか?
元々、素敵な人だったんだからしょうがない。
でも、結婚してから、近寄りがたい雰囲気が取れたみたいで…女子職員、女子バイトが「近藤さんって素敵よね。」と話している声が時々聞こえてくる。
何?
それは…それで、良いことだ。
中年の男性が、若い女子職員に、汚い者扱いされている訳ではないのだから、良い事なのだろう…。
が、
それに彼が気づいているのか、気づいてないのか、にこにこ書類を差し出している女子職員に、へらへらと対応しているように見えてしまう!
…面白くない!
これは、嫉妬で有るのだから、どうしようもないのだけど。
わかっていても、イライラが止められない。
私的な感情だから、出来るだけ隠していたつもりだったけど、彼には気づかれてしまった。
家で夕食を食べていた時だった。
未だに、彼の家で、二人で暮らしている。
「どうしたの?」
「…え、何でもない…!」
彼は、聞いた後も、驚いている。
だって、機嫌悪いのを隠していたのに気づくから、それだけで腹が立った私は、口を尖らせて、ふてくされてしまった。
分かっているのに、止められない…!
と、自分でも分かっている。
「…もしかして、体調悪いの?」
「大丈夫。」
また、つっけんどんに返答してしまった。
違う、違うのよ。
確かに、体調が悪いのはあるかも…。
でも、少々の体調の悪さはいつもの事だし、何だかんだ、変化はあったから、多少の体調不良は仕方ないと、気にして無かった。
でも、気付かない間に相当疲れがたまっていたのかなぁ?
彼への嫉妬以外に、自分自身の機嫌もイマイチなのは確かだ。
「言わないと分からないよ。」
と、彼もいらっとした様子。
珍しくケンカか?
「…」
だんまりを決め込んだ。
…彼が怒ったら、私は何だか悲しくなる…。
ケンカしたことなんて、勿論無かった。
まあ、ケンカと言うほどの喧嘩ではない。一方的な私からの八つ当たりである。
「…どうしたの。」
彼は箸を置いた。
食い下がり、理由を聞き出す姿勢だ。
…徹底的にやるつもりだな…。
自分も自己分析している。
しょうがない。ここは正直に、今の気持ちを話そう。
「…ごめんね、きっと疲れてるんだ。あなたが、昼間、女子職員とデレデレしてたから、ちょっと焼きもちやいたの。」
彼は、心外。といった様子で、
「デレデレなんてしてないよ。」
と言った。
そうでしょう、あなたはそんなつもりないでしょう。
「そうでしょ、そうなのよ、だから私の一方的な思い込みなのよ。
忙しかったのが、最近出てきたのか、メンタル的に不安定なのか、
それとも更年期が近づいて女性ホルモンのバランスが崩れて来ているのか、生理も遅れているから吐き気もあるし、とにかく疲れが溜まっているの。
だから、少し放っておいて。ごめんね!」
プリッと、彼にぶつけてしまった。
…怒るかなあ…。
彼がふと、「あれ?」と言う表情をした。
「わかった…けど、もしかして妊娠していたりとか…する?」
「…え?」
予想外の事だった。
「だって…生理が来ていないと言えば…。」
翌日、すぐ検査薬で調べた。
妊娠していた。
産婦人科や、自分の担当医師の元へ通ってみたが、今回は妊娠の準備をしていた訳でも無く、私自身が薬の服用を続けていた為、おろさざるを得なかった。
ごめんね、あなた…。
折角授かった、奇跡の命だった…。
心臓がちぎれるんじゃないかってほど、哀しい…。
けれど…子供が出来た事に、二人とも希望が持てた。
いっぱい泣いたけど、そうしている間も、彼は優しく抱きしめていてくれていた。
「もしかしたら、これからでもチャンスはあるということだよね。希望を持とう。それだけで、十分だよ。」
と、彼は言ってくれた。
「そういう事…よね。私、薬を止めてみようと思う。違う薬物療法で、コントロール出来るか、医師と相談してみるね。」
と、体調はボロボロだったけど、気持ちは明るかった。
「でも、あまり期待しすぎて、出来なかったら逆に落ち込むから、無理はしないでね。
また君とケンカしたくないし。」
と、彼が皮肉って笑った。
その数日後だった。
お姉さんの方から妊娠報告があった。
「え…」
二人で驚いた。
家に一人で報告に来たお姉さんが恥ずかしそうに、言った。
クールな印象だったけど、妊娠して優しい雰囲気になっている。
お腹の子は…女の子かなあ…。
「あなた達の仲の良さに当てられたのよ!まーあんなに目の前でいちゃいちゃされたら、何だかこっちもその気になっちゃって…。」
「いちゃいちゃ…」
人目に触れる場所で、そんなにいちゃいちゃしていたかしら…気を付けていたのに。
でも、照れているお姉さんが可愛らしかった。
「まさか、この歳で出来ると思わなかったわ。悪いけど、お先にね。」
と、お姉さんは、全く悪びれた様子もなく言った。
彼と二人で、おめでとうと祝福した。
子供が授かって嬉しい感情が、私たちにもわかっていたからだ。
私たちにも子供が出来たが、ダメだった事は言わなかった。
子供が出来る可能性がある事を話した所で、お姉さんを不安にさせてしまうだけである。
そして、この先、その奇跡が再びあるかもわからない…。
そんな話をわざわざする必要が無い。と、彼も私もお互い黙っていた。
その後、私の病気の検査結果は良好で、体調も安定してきたので、薬を減らす事になった。
そうして、私たちは未来への希望を持った。
一生独身と思っていた時は、お互い未来に絶望感しか見いだせなかったけれど、二人でいれば、絶望的な未来に、ほんの小さな、遠くの小さな星の光でも見える気がする。
お互いが、これからも必要な存在であるのは、確かであった。
夜、眠れなくて、窓から夜景を眺めていた。
「眠れないの?」
トイレに起きた彼が声を掛けた。
「何となく…ね。」
彼も近くに来て、私と同じ場所へ目線を追った。
「何見てたの?」
「…星…見えるかな?と思って。」
街の明かりが強いと、なかなか見えない。
彼が後ろから抱きかかえてくれる。
「…星…よく見える所に引っ越そうか?」
「え?」
「二人の新居、考えているんだ。」
夢みたいな話。
「あなたがデザインしてくれる空間なら、どこでも楽しみ。」
ふふっ二人で笑った。
彼は、いわゆる草食系男子と言われる部類で、私も勝ち組女子にはなれなかった。
そして、これからも沢山の障害も待っているだろう。
けれど、こんな形の幸せもある。
愛する人がいて、愛してくれる人がいて、それを見つけられた事が唯一自分の人生で誇れる事だ。
「僕は今、幸せを腕に抱えているんだなあ…。」
と、彼は幸せそうに、まるで独り言の様に言った。
私も彼の腕の中で振り返って、彼に抱き着いた。
「私も、すごく幸せ。」
彼と二人でなら、生きていく事に迷いは無かった。
おわり
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