明治の悲恋小説に涙しよう!!徳冨蘆花著「不如帰」
いつの時代でも一般大衆向けの純愛小説には悲恋と儚い美しさが必須のアイテム。特に娯楽が少なかった時代に発表された徳冨蘆花の「不如帰(ほととぎす)」は「美男美女の純愛物語+肺病(結核)による別れ+戦争+古い家族制度への批判」と普遍的な恋愛小説に時代の要素を盛り込んだ内容で一大ブームとなった作品です。有名なフレーズが多く登場し、「ああつらい! つらい! もう女なんぞに生まれはしませんよ」は国語の授業で紹介される名文句として聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。涙なしでは読めないので、涙腺が弱い人は覚悟を決めて読みましょう。早速あらすじを紹介したいと思います。
海軍軍人の川島武男と陸軍中将の娘浪子は初々しい新婚で、新婚旅行に来ていた伊香保温泉でこれから始まる新しい生活に思いを馳せていた。しかし幸せな2人の傍では日清戦争が目前に迫っていた。深い愛情で結ばれた若夫婦を徐々に追い詰めていく戦争と周囲の人間達の悪意、そして浪子を襲う死の病・結核。愛し合うを2人を置き去りにして、周囲の人間達が勝手に離縁を決め離れ離れにされる浪子と武男。離婚により精神的に深い傷を受けた浪子は一気に病状を悪化させてしまう。必死の闘病も空しく、武男を愛し、そして女の身では何一つ思い通りに生きることが出来ないことを嘆きながら浪子の命は儚く散り、武男は最愛の人を看取ることも許されない己の身を呪い、浪子の墓前で一人号泣する。
えーと、長々と説明しましたが、物語は武男と浪子の新婚旅行という人生の幸せの絶頂からスタートし、最後は浪子が結核で死亡し、武男墓前で大号泣で終了するという悲劇です。展開も速いのであっという間に読み終わってしまいます。ただ明治に書かれた小説なので文体が古く読みにくいですが、慣れてしまえばそれも問題なく読み進めることが出来るので心配無用です。
この物語の最大の美しさはズバリ、
浪子と武男のラブラブさ(断定)
武男は武家出身の海軍の軍人でありながらも、現代の男性顔負けな程お嫁さんの浪子にメロメロです。しかもそれを態度に出すので、二人の仲睦まじさに周囲も遠慮する程です。しかも浪子を眺めては「僕のお嫁さんは綺麗だなぁ~」と本人に言っちゃう位の激甘っぷりに、私の明治時代の男性のイメージが変わりました。浪子が結核に倒れた時も離縁を迫る母、お慶に「自分の妻として死なせたい」と抗議するなど浪子のことを心から愛しています(それがお慶には面白くないのですが:汗)。一方の浪子も小さい頃に母を亡くし、継母に疎まれ、武男との結婚で初めて自分の居場所を見つけます。自分を一途に愛してくれる夫と、口煩い姑お慶に囲まれながらも幸せを感じ、武男への深い愛と絆にようやく幸せを見つけます。
そんな幸せの絶頂にいた二人を襲うのが浪子の結核です。浪子の母も結核で亡くなっているので、浪子自身のその恐ろしさを知っていますし、当時は亡国病とまで言われ恐れられていた病気です。その病気を理由に実家へ戻されることになった浪子は例え離縁されても武男への愛は変わらず、また武男の自分への愛も変わらないことを信じ、戦争で負傷した武男が入院する軍の病院へ手縫いの着物を送ったりと、常に戦地にいる武男を気にかけます。武男も浪子を生涯愛し続けることを誓っているので、例え今生で二度と会うことがなくても二人の心は決して離れることはありません。物語の後半で浪子が死の床で結婚指輪を触りながら「(あの世まで)持っていきますよ」と弱々しく言う場面は、従順な浪子が初めて自分の意志を口にし、冒頭で紹介した名文がこの後に続きます。これ以上不幸になりようがない位、作者徳富蘆花は浪子を文学史上最も不幸なヒロインとして描きました。蘆花、酷い、鬼ですよ!!鬼!!
物語の2人の主人公、浪子と武男以外の登場人物もそれぞれ個性的です。武男の母「お慶」は、武男の留守中に勝手に浪子を離縁し、それを知って抗議する武男に夫の位牌を突き付けて「家よりも病気の嫁をとるのか!!この不孝者め!!」とどやしつける暴君ですし、お慶に浪子の離縁を炊きつけた武男の従兄弟・千々和は心を寄せていた浪子を嫁にもらった武男への復讐に燃えて色々と画策します。そんな千々和に巧く取り入り、千々和を踏み台にする実業家山木と武男に思いを寄せる山木娘など、彼らが物語をかき回し、浪子と武男を不幸へのスパイラルへと押しやります。
この小説は”本”というものを一般家庭にまで普及させたという大きな功績ある作品ですが、内容があまりにも大衆向けの為に文学性が乏しいと言われています。私もそのイメージが強かったのですが、実際に読んでみると描写力もあり、特に物語に華を添える風景、自然描写は秀逸ですし、「明治と言う新しい価値観が大量に流れ込んできた時代に、新しい価値観と古い慣習(家制度)に対する痛烈な批判」というところばかりに焦点が行きがちで、もう少し文学作品として評価されても良いのではないかと思います。
こういうタイプの小説は難しいことも、先のことも考えずに物語の世界にどっぷりと入り込むと感情移入出来ますし、浪子と武男の二人の物語に一喜一憂しながら読むのが一番です。蘆花の文体もメリハリが効いているので、文章というよりも落語家の話を聞く様なイメージの方が話がスッと入りこんでいきます。
自分自身ではどうすることも出来ない不条理な運命と社会制度の前に散った浪子と武男の愛の物語、ハンカチ片手に涙しながら読むことをお薦めしたいと思います。浪子が凄く不憫ですが、浪子と武男のお互いを慈しむ心とその清らかさ、愛の深さに心が痺れます。
余談ですが、伊香保温泉はこの小説で二人が新婚旅行に行った地として描かれてから温泉地として非常に有名になったそうです。
不如帰 (岩波文庫)
- 作者: 徳冨 蘆花
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1938/07/01
- メディア: 文庫