episode: 9
衛生士
原田 真琴

繋がったモニター画面には、弟の真一が父と母に挟まれて静かに座っていた。
抜錨前に近々退院できると聞いていたのは本当だったのだ。
それがこれ以上入院していても
回復の兆しがないゆえの退院であったとしても、
やはり真琴は嬉しかった。
一年前、テロとも噂された官邸近郊での大事故。
多くの政府高官が巻き込まれ、
救急隊員の一人として現場に赴いた真琴は、
初めて見るその悲惨な状況に絶句した。
そして咄嗟に近くでうずくまり震えている母娘に駆け寄った。
どこを負傷しているかもわからないほど
衣服は出血で真っ赤になっている。
怯む真琴はその時後ろからドクターに首根っこをつかまれた。
「何をしている!一般市民より、政府関係者が最優先だ!」
「でも・・」
そう言いかけた時にはすでにドクターは官邸へと走り出していた。
仕方なく真琴も母娘をそのままにして後を追った。

その大事故に幼い弟の真一も巻き込まれていたと知ったのは、
真琴の勤務する病院のベットで
魂が抜け落ちたように天井を見つめる真一を見つけた時だった。
幸い怪我は軽傷だった。
しかし、その事故以来、真一は感情と言葉を失ってしまった。
真琴は勤務の合間を見つけては
真一の病室を何度も訪れたが、
症状は一向に回復しなかった。
崩れた瓦礫の下から真一が救出された時には、
事故発生からかなり時間が経っていたと後で聞いた。
真一が必死で助けをもとめていた時、
自分はそんな人たちを置き去りにしてしまった。
あの事故以来、真琴はその罰を受けているのだと
自身を責め続けていた。
モニターの向こうで
無表情のままこちらを見つめるだけの真一。
その時、小さな奇跡が起きた。
「真琴、その服かわいいね・・・」
消え入るような細い声だったが、
真一は確かにそう言ったのだ。
両脇の両親も驚いていた。
思えば真琴が真一の病室を訪ねる時は、
いつも勤務中の看護服だった。
真琴は仮装したメイド服のカフスボタンを指でつまんでみた。
そしてさっきまであれほど腹を立てていた
太田のいたずらに感謝した。

真一はそれきりまたいつもの抜け殻に戻ってしまったけれど、
真琴や両親にはやっと見つけた小さな希望だった。
「今日は久しぶりに大好きなお酒をいっぱい飲んでしまおう。」
真琴は幾度目を瞬いても
ぼやけてしまうモニター画面の真一をみつめながら、
ふとそんなことを思っていた。
【妄想コメント】
エンケラドゥスで敵兵のガミロイドを治療しようとした原田の行動には何かそれにつながる過去があったのかなと妄想して、それをシリアスなエピソードにしたいなと思いました。そこに本編でのコミカルなメイド服のコスプレも絡めてラストでハンガーにメイド服を掛けてはしゃぐ原田の理由につなげました。