「じゃあ、今日死んだ二人と、福本家の間には、何か関係は、なかったんですか? 先輩は、確か、福本家の遺産相続が正面橋事件の背景にあるって、そう考えてたんでしょう?」
唐沢は、畳みかけるように訊いた。
「ああ、そうだ」
毛利は少し渋い顔をした。
「だったら、ここでの事件も、それがからんでる可能性、大ですよ、先輩」
「ああ、俺もそう思う。 だから、それは、これから調べる。 まさか、こんなことになるとは、思いもしなかったからな。 目撃したのが二組のカップルで、彼らの供述は完全に一致していたし、目撃者と言っても犯人の姿を見たわけではなかったし、まさか、その目撃者が狙われるなんて考えてもみなかったから……全くのノーマークだったんだ」
「ですよね、確かに」
唐沢は頷きながら言った。
その時、制服姿の警官が現れ、毛利に近づくと耳元で何か囁いた。
「安藤さん? ああ、頼んで来ていただいた、安藤先生ご夫妻だ。 お通ししろ、丁重にな」
毛利は、唐沢を横目で見ながら言った。 毛利の指示で警官は入り口へ向かったが、まもなく佑太と杏子夫婦を連れて戻って来た。
「安藤先生、さっ、こちらへどうぞ」
毛利は、ソファーセットがある場所まで案内して、佑太たちを座らせると、自分は粗末な丸椅子を引き寄せ、腰を据えた。
「今日は、どうも、お二人で市内の観光お楽しみのところを呼び出してしまって申し訳ございません。 実は、唐沢からお聞きかとは思いますが、正面橋転落死事件の目撃者、二組のカップルのうちのひと組が、今日亡くなりまして、それがどうも毒物による中毒死、それも他殺じゃないかということになっておりまして。 今朝、正面橋では、お断りしておいて、失礼だとは思ったのですが……今回は、ぜひとも先生のお力をお借りしたく思い、お越しいただいた次第です、はい。如何でしょうか? ご協力いただけますでしょうか?」
毛利の顔には弱気な色が浮かんでいた。
「僕で宜しければ、いつでも、お手伝いいたしますが……で、亡くなられたお二人は、ここの役者さんだったんですね」
「はい、今日、ここでは、忍者ショーというのをやっておりまして、その忍者役を二人はしていたようで。 事件は、そのショーの幕間に、奥の控室で起きています。 まだ確定はしていないのですが……多分、毒物を飲んだんじゃないのかと……二人が幕間に口にしていたのは、お茶とスナック菓子なのですが……それはショーの他のスタッフもほぼ全員が口にしています。 ですが、身体に異変が起きたのは、二人だけということです。 お茶は、スタッフ全員がひとつのやかんに入っていたものを飲んでいます。 やかんと茶碗、それと残っていたスナック菓子は、鑑識と科捜研で、今調べているところです」
毛利は、事件を、かいつまんで説明した。
「あのう、幕間に、外部から人が控室に入るようなことは、あるんですか?」
佑太が訊いた。
「それは、関係者に確認しましたが、あることは、あるそうです。 ですが、今日、そういったことは」
「そうですか。 じゃあ、控室にいたのは、内部の方だけだったんですね」
「ええ、そうです」
「じゃあ、内部のものの犯行とお考えで?」
「その可能性もあるかと……ただ、外部の人間の犯行である可能性もあるかと……」
「外部のものの犯行だと、犯人は、客に紛れてって、ことですか?」
「その可能性もあります。 ですから、今は、どちらの線も、洗ってみる必要があると思っています。 いずれにせよ、先日の正面橋の事件と、関係があると、思うのですが……」
「そうですね。 で、お客さんからの事情聴取は、終わってるんですか?」
「いや、それは、今、やってる最中です。 なにぶん、数が多くて。しかも、客の足止めができたのは、右京署から捜査員が到着してからです。ですから、その前に帰ってしまった客もいると思いますので、漏れはあるかと……」
「そうですか。 では、現場を見せていただけませんか?」
佑太は言った。
「現場? ……ああ、害者二人が倒れた控室ですね。 じゃあ、こちらへどうぞ」
毛利は席を立つと、奥につながるドアへと佑太たちを誘った。
続く
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