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もうじやのたわむれ 320

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 補佐官筆頭は額の汗を掌の甲で拭う仕草をするのでありました。 「で、実際にお創りになった歌はご披露いただけないので?」 「準娑婆省の港に着くまでもう少しばかり言葉を吟味してから、得心がいく出来栄えとなって、大酒呑太郎さんをも唸らせるくらいの自信が湧きましたらご披露いたします」 「ああそうですか」 「何やら勿体ぶっているようで、慎に不本意ではありますが」  補佐官筆頭はそう云って、巻物を拙生の目から庇うように胸にかき抱くのでありました。  そうこうしている内に、何となく船内の様子が慌ただしくなったのは、もうすぐ準娑婆省の港に船が着くからでありましょうか。 「ぼちぼち港に着きますかな?」  補佐官筆頭も船内の雰囲気が微妙に変わったのに気づいて、そう云いながら腕時計を見るのでありました。「出港してから、もう二時間を過ぎましたからね」 「この船は準娑婆省の三つの港の中の何処に着くのですか?」  逸茂厳記氏が補佐官筆頭に聞くのでありました。 「奪衣婆港だよ」 「奪衣婆港は私が地獄省に渡る時に乗船した港です」  拙生がそう云うと、補佐官筆頭は首肯するのでありました。 「三途の川の準娑婆省側には三水の瀬港、江深の淵港、それに奪衣婆港と三つ大きな港がありまして、その中で奪衣婆港が最も大きくて、準娑婆省の中心街にも近い港です」 「その三港の名前は確か、先に私が閻魔庁で最初にお邪魔した審問室で、審問官さんと記録官さんから聞きました。娑婆では奪衣婆橋ですけど、実は橋ではなくて港だという事も」 「奪衣婆港も他の二港も閻魔庁が管轄しておりますから、近代設備のなかなか立派な港ですが、その三港以外の準娑婆省の港となると、最も大規模な軍関係の港でも、まあ、地獄省の小さな漁港に毛が生えた程度のものが殆どですね」 「そうすると準娑婆省の海軍は、然程大きな艦船は保有していないと云う事で?」 「それを云うなら、海軍、ではなくて、川軍、です」 「ああそうでした。こちらには海はないのでしたね」  拙生は頭を掻くのでありました。 「ま、それは良いとして、確かに大型で、近代装備で武装した船はありませんね。地獄省の護衛艦なんかとは比べるべくもありません。装備も恐ろしく旧式の貧弱な武器しか積んでおりません。一番大きな軍艦が、何でも娑婆の箱根の芦ノ湖に浮かんでいる遊覧船、或いは長崎県は佐世保の九十九島遊覧の、海賊船もどきの外装の船程度だと云う事です」  補佐官筆頭は頬に憫笑を浮かべて云うのでありました。「省力の違いですな。川軍ばかりではなくて、準娑婆省の陸軍も空軍も同じような程度です。民間の貨物船にも客船の中にも、大したものは一隻もありませんよ。準娑婆省一の大型貨物船と聞いて実際に見てみたら、隅田川のダルマ船みたいな大きさの船だったと、この前準娑婆省からようやくに閻魔庁に辿り着いて、閻魔大王間の審理をお受けになった亡者の方が仰っておられましたね」 (続)

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