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『グローブトロッター』

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グローブトロッター 世界漫遊家が歩いた明治ニッポン

グローブトロッター 世界漫遊家が歩いた明治ニッポン

  • 作者: 中野明
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2013/06/07
  • メディア: 単行本
内容(「BOOK」データベースより)
開国直後、神秘の国ニッポンを旅した外国人たちは何を見たのか!? 19世紀末、世界中を旅する人々、「グローブトロッター(世界漫遊家)」が誕生した。世界の都市から辺境まで旅する彼らは、明治のニッポン各地も訪れている。彼らが遺した記録から、忘れられたニッポンの姿が蘇る。
新聞広告にも載らず、世間一般にはあまり知られていないような隠れた名作に出会うのはとても嬉しい。今までありそうでなかった斬新な切り口、読みやすい文章、そして、言葉になって表れないところで相当に積み上げられたであろう膨大な文献調査、そして可能ならばそれが何らかの形で僕らにとって既知の人や場所、出来事と繋がっていたという意外性―――そんなものが「名作」と呼びたくなる作品の要素なのではないかと思う。 本日紹介する『グローブトロッター』はそんな要素を持つ、歴史もの大好きなSanchaiお薦めの1冊である。小説は別として、本書は今年これまでに読み重ねてきた多数の本の中でも最高の1冊であり、この本と出会えたことを感謝したい。 興奮して読んだ。明治時代に日本国内を旅した外国人といったらイザベラ・バードぐらいしか知らなかったが、バード以上に魅力的な旅をした外国人がこんなに沢山いたとは驚きだ。しかも、多くの旅行者が自分の日本での経験を旅行記として出版しておられるとは…。それは当時の日本の社会や風俗を知る貴重な手がかりである。当時の旅行者は、先に日本国内を旅した人々が残した本を読み、そうした人々の体験談を積み重ねて編纂されたガイドブックを片手に旅したらしい。 明治といっても45年間もあるわけで、最初の頃は横浜から鎌倉や江戸(東京)、箱根湯本あたりまで繰り出すのに人力車がもっぱら使われていたのが、時代を経るにつれて徐々に鉄道に代わっていく、交通の発展を垣間見ることもできる。挿入されているイラストは多く、文章も易しい。明治時代の日本を旅した外国人の中には、単身であったり、通訳などお供を連れてのキャラバンだったり、夫婦だったり、訪れるのも東京、日光、鎌倉、箱根、京都といったお決まりのコースだけでなく、東北や蝦夷(北海道)、四国中国地方、熊野などを訪ね、これまでに知られた土地からいかに逸脱して新たな土地を訪ね、既存の旅行記に付加価値を付けるかに腐心した人もいる。 著者のリサーチによれば、日本を旅すること、あるいは世界一周旅行の一環として日本を訪れた旅行者のように「旅それ自体を目的とした旅行者」がいた一方で、日本に来て写真を撮りたい、絵を描きたいといった芸術系や、美術工芸品や動植物の蒐集を目的として日本各地を歩いた蒐集系、何らかのテーマのもとで調査研究を行なうのを目的に来日した研究系、そして、旅行記の出版自体が目的で来日していた執筆系という、4つのカテゴリーに分類できる様々な外国人旅行者がいたらしい。 こうして旅した外国人のエピソードの中には、意外な人物が出てきたり、僕にとって身近な土地での出来事が紹介されていたりする。 例えば、1873(明治6)年に開催された第2回京都博覧会開催に合わせて、外国人向けの京都観光案内書が作られたらしいが、この著者は元会津藩士、のちに京都府顧問にまでなった山本覚馬―――新島八重の兄である。NHKの大河ドラマ『八重の桜』では西島秀俊さんが演じているが、京都でこういう活躍の仕方をしたというのを知ると、これからの大河ドラマの展開が楽しみになる。 明治期の日本を訪れた外国人旅行者の中には、「本国の高官からの立派な紹介状を所持していて、領事や大使からの猟や宴会の招待を受け、そしてその国が気に入れば滞在を延長することもやぶさかではなく、飽きてしまえばどこかよそへ移動してしまう」(p.72)自由奔放なボヘミアン型グローブトロッターも結構いたらしいが、その中の1人として紹介されているチャールズ・ロングフェローはその父親が米国の有名な詩人、ヘンリー・ワッズワース・ロングフェローなのだとか。僕は米国留学先の土地が父ロングフェローの叙事詩『エバンジェリン』でも描かれていたこともあって、多少父ロングフェローのことを調べたことがあった。父の経歴から日本との接点は全く見出せなかったが、豪商の娘である後妻との間に生まれた長男の世代になると、こうして日本を豪遊して接点が生まれたりする。 さらには、ガイドブック片手に単独で街道を歩き回ったバッグパッカー型グローブトロッターというのも紹介されているが、そのうちの1人、アルバート・トレーシー・レフィンウェルは、中山道バックパッキングの途中で岐阜県赤坂宿で泊まった際、石細工のお店で大事なガイドブックを置き忘れてしまったことに、次の宿場に向けて歩きはじめたてしばらくしてから気付いた。ガイドブックなしで目的地の京都に辿り着くのは難しく、再度購入するというわけにもいかない。一方、外国人旅行者の忘れものに気付いた店の男は、本をめくっていくうちに、トレーシーの住所と氏名が書かれているのに気付き、これを横浜の住所へ郵送しようと、紙に包んで住所を丁寧に模写していた。そこへ引き返してきたトレーシーが訪れ、感激して謝礼を渡そうとするが、店の男はそれを受け取ろうとはしなかった。当たり前のことをしたまでだとさらりと言う。僕らにとってはありがちなエピソードだが、トレーシーはこれにさらに感激し、旅行記にそう書き綴っている。岐阜県赤坂宿は僕の故郷の隣町で、大理石加工業は僕の父も従事していた地域の重要産業だが、明治の頃の赤坂の様子がこうして外国人の手で描かれているというのは意外だったし、描かれ方にも感激した。 有名人の意外な前歴というのもある。例えば、フェミニズムの先駆者として世界的にも知られるマリー・ストープスも明治期の日本を訪問した1人だが、当時はフェミニズムに目覚める前で、古生物学の研究者で、日本にも化石植物の研究目的で訪れている。また、冥王星の存在を予言したパーシヴァル・ローウェルも、前歴は日本語と日本人研究者で、純粋に日本を研究したいという熱意から自費で来日している。ただ、ローウェルはやがて日本への興味を失い、天文学に没頭するようになり、米国アリゾナ州フラッグスタッフに天文台を設置し、海王星の先にある別の太陽系惑星の存在を予測した。フェミニストとしてのマリー・ストープスは、僕らの業界ではよく耳にする有名人だし、フラッグスタッフのローウェル天文台には僕自身、1986年と2003年に訪れ、天文学者としてのローウェルの業績についてはそれなりに知っているつもりだが、こんな形で日本との接点があったとは知らなかった。新鮮なエピソードだった。 本書を読むと、多くの読者が自身のこれまでの読書歴や趣味、生活などのと関連で、本書の記述との間で意外な接点を見出すことができるのではないかと思う。多くの方に読んでもらえたら嬉しい。日本の近代史を今までとは全く違った角度で見直すことができるのではないだろうか。

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