<なぜ、労苦するものに光を賜り、悩み嘆く者を生かしておかれるのか。彼らは死を待っているが、死は来ない。地に埋もれた宝にもまさって死を捜し求めているのに。(20.21節)> 見舞いに来てくれた3人の友人を前にヨブは「わたしの生まれた日は消え失せよ」と、自分の生まれた日を呪う言葉を口にした。 「ここから始まる嘆きの言葉を聞いて、皆さんは変だと思われませんか。これは私たちが知っていたヨブの姿とずいぶん違っています。それまで、どんな災難に遭っても、神を非難せず、罪を犯さなかったヨブが、取り乱してしまったのです。」と井上牧師は記される。 そして「この時のヨブにとって、死ぬことこそが慰めでした。死の世界こそが唯一の希望でした。しかし神は自分を死なせてはくれません。それでは彼はなぜ、自分で死のうとはしなかったのでしょう。」と問いかけられている。 強制収容所の体験から書かれた心理学者フランクルの「夜と霧」を思い出した。「スープの桶がバラックに持ち込まれた。・・・わたしの冷たい両手は熱いスプーンに絡み付いた。私はがつがつと中身を呑み込みながら偶然窓から外を覗いた。 外ではたった今引き出された屍体が、すわった眼を見開いてじっと窓から中を覗き込んでいた。二時間前、私はこの仲間とまだ話をしていた。私はまたスープを呑み続けた・・・この体験は私に止まらなかったであろう。それ程すべては感情を失っていたのである。」 全てが悲惨な収容所の中では、自分の心を守るための手段が「無感動」「無感覚」「無関心」だったのです。収容所にいると、生命維持という原始的な関心以外に一切心を動かさないようになっていきます。と解説者は記している。 この時のヨブと強制収容所の体験とつながりがあるのかどうかわからないが、どちらも光が見えない、解放が見えないで、死への誘惑が絶えずあっただろうなと想像する。しかし、ヨブは絶望の中であっても神が「自殺」を赦されないお方だということは知っていた。 旧約の時代のヨブは「救い主がおられることを知らず、暗中模索しながら生きていくしかなかったのです。」と井上牧師は結ばれる。
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