紛争の絶えない国々で医師として活動する私のもとに、病を隠して旅に出た祖父の死が伝えられる。幼い頃祖父から聞かされた「不死身の男」との賭けの話と、祖父が幼い頃過ごした村で「トラの嫁」と呼ばれていた聾唖の少女の話を手がかりに、私は生前ほとんど語られることのなかった祖父の人生に足を踏み入れることに… ベオグラード生まれの若い作家による、東欧文学のわたくし好みな部分を凝縮したような小説です。謎めいた挿話を少しずつ語りながら核心へ近付いてゆく流れとか、だんだんエピソードそのものが面白くなって別に核心にたどり着かなくても良いような気分になってくる迷宮的な語りが『サラゴサ手稿』や『ハザール事典』を思わせます。何故ヨーロッパのあの辺りからはこんな素敵な作風の人が次々出てくるのか、ほんとうに不思議で仕方ありません。 死神の親戚を自称する死なない男は、いつも大勢の死者が生まれる場所で祖父と出会います。トラと少女の物語では、少女の夫とその家族、村の住人たちや狩人など、何も語らない少女に代わって周りの人物の人生が丹念に語られます。話題の中心になっている少女や男のその後について確かなことはわかりませんが、戦争の時代を生きた祖父と彼のいた土地の歴史がじんわりと浮かび上がってきます。すごく個人的な話を追いかけていたはずがいつの間にかとんでもない場所まで連れてこられている感じ、すぐれた小説でなければ味わえません。 で、その『サラゴサ手稿』の完訳版はいつ出るんでしょうか。まだまだ待ちますよ。
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