先週、双子の兄の慶太との合同結婚披露宴が終わると、兄夫婦は新婚旅行先のヨーロッパへと旅立って行った。 出不精の佑太は、新婚旅行先に国内を選んだのだが、妻の杏子はむしろそれを喜んでいた。 そして、杏子のリクエストで、伊勢神宮経由で京都を訪れることになった。
二人にとって伊勢参りは初めてだった。 伊勢神宮は日本で最も格式の高い神社である。 伊勢神宮の神に門出を祝福してもらいたい、それが、杏子が伊勢を新婚旅行先に選んだ理由と佑太は聞かされていた。
伊勢神宮の内宮では、佑太の父親が懇意にしている神社事務局の幹部の計らいで、雅な神楽舞を二人きりで楽しむことができたが、奇妙なことが二度起った。
一度目は、憩いの場所となっている五十鈴川のほとりで起きた。 二人が春の日差しに光る水面を眺めていると、そこに不思議なものが見えた。 それは高松記念公園で見たあの黄金の龍だった。 龍は水面を割って顔を出すと、二人に悲しげな眼差しを送り、しばらくののち水中へと姿を消した。
佑太と杏子の二人にはあざやかに龍の姿が見えたのだが、彼らの周りにいた参拝客の中に気づいたものはいないようだった。
二度目は、内宮参拝を終えて帰る途中でのことである。 眉は長く伸び、肉の削げた顔をして、時代離れした衣服をまとった老婆がどこからともなく現れて二人に近づいて来た。 傍に来ると老婆は言った。
「黄金の龍に守られしおふた方、貴方がたには、都に起きております地脈の乱れを鎮めていただかねばなりません。 今、都は大変なことになっております。 このまま放置しておれば、とめどもなくおぞましい事件が起き続けることになりましょう。 お二人には、それを何としても防いでいただかねばなりません。 宜しく、お覚悟なさりませ。 さあ、旦那様はこれを、奥様はこれを、お持ちになってください。 必ずや、お二人の助けとなりましょう」
老婆はそう言うと向きを変え、内宮の奥の方へと歩いて行った。 参拝客はその異相の老婆に気付いている風ではなく、まもなくその姿は人ごみの中に入って消えてしまい、気が付くと二人の手にはお守り袋があった。
この時佑太は、行く手に何か得体のしれないものが待ち受けていることを悟った。 そして、彼は、覚悟を決めて伊勢を立ったのである。
部屋のソファに腰を落ち着けた佑太の前に、杏子が緑茶の入った茶碗を置いた。 佑太がそれをひと口飲むと宇治茶のこくのある渋味が口の中に広がっていった。
「京都って伊勢からは結構遠いんだね。時間的には東京の方が近いんじゃないか」
「ほんと。でも、お参りできてよかったわ。 私、伊勢神宮って、日本人の心の拠り所と思ってるの。 貴方と結婚したら、是非、一緒にお参りしようって思っていたのよ」
「心の拠り所か……そうかも、しれないね。 ところでさ、君の学位論文は仕上がったようだけど、ほんとに医科研には行かなくて、いいの?」
「ええ、私には主婦として仕事がたくさんありますから……ご心配なく」
杏子の顔には屈託のない笑みが浮かんだ。
続く
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