ど~も。ヴィトゲンシュタインです。 ロバート・ジェラテリー著の「ヒトラーを支持したドイツ国民」を読破しました。 「ドイツ政府は本書のドイツ語の廉価版を製作・配布している」ということでも知られる、 2008年発刊で447ページの本書。数年前から読んでみようと思っていました。 個人的にナチス・ドイツ下での一般市民の生活に興味があるんですが、 本書の特徴はゲシュタポの調書と、当時の新聞などから、 ユダヤ人迫害や強制収容所をドイツ国民は知っていたのか・・?を研究した一冊です。 最初の章は1933年ヒトラー政権が誕生し、その後の国民投票で 額面どおりに受け取れなくとも90%以上を獲得したナチ党。 党員数も毎年、数倍の規模で膨れ上がり、SA(突撃隊)は1931年に8万名だった隊員が、 翌年には50万名、1934年になると300万名・・。女性もナチ運動に加わり、 一種のエリート集団である「国家社会主義婦人会(NS・フラウエンシャウト、NSF)」は 1932年に11万名が入会していたものの、翌年には85万名、 1934年には150万名を超えていきます。 「国会議事堂放火事件」が発生すると、ゲーリングは共産党幹部の逮捕を命じ、 ダッハウに開設されたような収容所に裁判もなく送り込まれますが、 そのような事実は隠されることなく、非ナチの新聞でも「普通の監獄が満員なので、 一時的に収容所に送られた」と強調しているのでした。 そしてこのような弾圧はヒトラーの人気を落とすどころか、「広く人気を集めた」としています。 続いてはナチスの警察です。 ヒムラーがドイツ全土の警察を掌握し、ダリューゲの制服警察オルポと ハイドリヒの治安警察シポが新たに創設されます。 ここではシポのひとつである秘密警察ゲシュタポではなく、刑事警察クリポに焦点を当てており、 1937年の「ドイツ警察の日」に科学的捜査方法や警察の近代化を保持するために ハイドリヒは新聞記者たちをベルリンの警察研究所に招き、 また、世界中の警察に対してもクリポ本部を視察するよう招請します。 そしてエドガー・フーヴァーのFBIの代理人も喜んでやって来るのでした。 さて、当初は「共産党員用」と新聞でも宣伝されていた「強制収容所」ですが、 ダッハウの所長、テオドール・アイケが強制収容所総監となり、再編と規則を定めると、 後のアウシュヴィッツの所長となるルドルフ・ヘースら、将来の多くの収容所所長と 看守が訓練を受け、ダッハウは「残虐行為の学校」と呼ばれます。 そして「国家の敵」を監禁する場所として構想されて、ブッヘンヴァルトやマウトハウゼンも建設。 徐々に犯罪者やユダヤ人もこれらの収容所へ・・。 ドイツでは1933年以前から非合法とされていた「不妊手術」。 ヒトラーは政権獲得後、さっそくこの不妊手術を法律によって可能にします。 それは「遺伝疾患予防法」。先天性の盲目、聾唖、精神分裂病の人々が対象です。 しかし断種決定は医学的基準だけでなく、社会的基準も採用され、 重症のアル中、暴れ者、性交渉の相手を頻繁に変える女性など、 男女ともにおよそ20万人づつ断種され、新聞でも派手に報じられます。 この「断種作戦」に続くのが、「生きるに値しない生命」。すなわち安楽死計画です。 1938年、ヒトラーは精神障害で盲目、片腕と片脚のない新生児の父親から 「慈悲の死」を与える許可の請願書を受け取ったことから、 総統府官房長のボウラー、ヒトラーの主治医カール・ブラントが中心となって進みます。 当初は子供対象に、まず5000名が注射による毒殺などで殺され、 翌年には「T4作戦」として成人も安楽死の対象に・・。 「ナチスドイツと障害者「安楽死」計画」という本がありますが、 う~む。。どうしても読む勇気がでません・・。 第三帝国には以上のようなアウトサイダーの他に、「性的アウトサイダー」が存在します。 アーリア人の純潔と人種、その再生産を目標に掲げても、 まず「悪い性行為」を阻止しなければ・・。 ヒトラーが大嫌いな売春とそれがもたらす性病は随落と腐敗への道です。 売春婦の多いハンブルクでは3000名が逮捕され、公共の場では売春は非合法化。 1人で、または複数人の違った男性と外出する女性は密かに売春をしているのでは・・?? との疑いをかけられ、非社会的分子と認定されれば強制収容所行きです。 しかし戦争が始まると、地方での必要を満たすために 「公認売春宿」を警察が監督することに。。 ナチス公式売春宿だからって ↓ こんなのを想像してはいけませんよ。 そして強制収容所にも設置された売春宿だけでなく、 外国人労働者用も必要で、1943年には60もの専用売春宿が開設されます。 この外国人労働者用の施設を管理しているのはSDのようで、 要は国内の外国人とドイツ人との性交渉を防止するために必要ということですね。 それから同性愛者。ヒトラーもヒムラーも嫌いですから大変です。 もともとはゲシュタポの「男色撲滅課」の管轄でしたが、 のちにクリポが一手に引き受けた同性愛者の逮捕。 「去勢に合意すれば"たぶん"釈放されるかも・・と示唆しても良い」と ヒムラーから指令も出されます。 ヒムラーは身内である警察官による同性愛行為には死刑を適用する厳しさ。 そして多くの一般の同性愛者は強制収容所送りとなりますが、 より死亡する確率の高い「保護観察部隊」に加わるという選択肢もあったそうです。 コレは「懲罰部隊」のことのようですね。 しかし軍服の腕に「ピンクトライアングル」を付けた、「ホモ小隊」とかだったらキツイ。。 ニュルンベルク法が公布されると、本格的にユダヤ人迫害が始まります。 映画「ユダヤ人ジュース」は2000万人の観客を動員し宣伝映画として大成功。 戦時中には下等人間として扱われた外国人労働者。 本書ではこの辺りから残されていた「ゲシュタポ事件ファイル」を活用します。 例えば1940年、57歳の農夫と息子が、女中の16歳ポーランド人女性をもてあそび、 強姦で告発されるも兵士の息子は原隊復帰を許され、父親は警告を受けただけ。 逆に「ドイツ人男性を誘惑」した場合には、強制収容所行きです。 一方、外国人との淫靡な関係で証拠が残ってしまうのが女性のツラいところ・・。 旦那が出征中なのに妊娠してしまったドイツ人女性がソレです。 自ら「働いていたポーランド人に強姦された」と警察に届け出た彼女は、 直前に妊娠4ヵ月と医師の診断を受けていたことがバレてしまいます。 このような裏切り行為は前線の旦那さんの判断に託されます。 「もし夫が許す場合は6ヶ月の強制収容所、許さない場合は1年半の強制収容所」。 別の女性は「ラーヴェンスブリュック3ヵ月、許さない場合は3年送り」というのも・・。 このゲシュタポ事件ファイルは情報源のほとんどが密告です。 以前に紹介した「女ユダたち」同様、数々の密告例が紹介されており、 父親が、「息子が外国語放送を聞いている」と密告、 ある少女が、「弟が外国語放送を聞いている」と密告・・。 息子を追い出して暮らし向きを良くしたかったとか、仲の悪い姉弟のケンカが原因です。 しかしこんな件でもゲシュタポが調査を行い、「利己目的の密告」と結論付けたりするのです。 まさにスパイ国家ですね。 「市民の庭先に出現した強制収容所」という章も興味深かったですね。 本収容所の周辺には一連の衛星収容所が設置されていたというものです。 ダッハウ強制収容所は南ドイツに197か所の衛星収容所を設け、 マウトハウゼン強制収容所は62か所の衛星収容所、 ラーブェンスブリュック強制収容所は42か所の衛星収容所、など・・。 このような小規模な衛星収容所は街中に存在していることもあり、 囚人は道路整備や工事、連合軍の爆撃による瓦礫の後片付けなどに駆り出されるのです。 アウシュヴィッツなどの大型収容所でも囚人は労働力として重宝します。 欧州最大の化学企業だったIGファルベンは安い労働力を歓迎しますが、 囚人の死亡率の破滅的な高さから経済的成功は難しくなります。 その他、ダイムラー=ベンツにポルシェのフォルクスワーゲンの囚人労働力にも触れています。 本書では結論として、6000万ものドイツ国民が「洗脳された」という考えは捨てるべきで、 犯罪のない街路、アウトバーンの建設、ファミリー・カーの約束、安い休暇、 オリンピックの開催、繁栄への復帰といった成果との代償として、 監視社会という考えを受け入れ、自由をを放棄したのだとしています。 最初は共産主義者、続いて乱暴者のSAが街角からいなくなり、 ユダヤ人、浮浪者、犯罪者、売春婦らが消えていくドイツ・・。 これら少数のアウトサイダーたちの運命にうすうす気付きつつも 一般のドイツ人はナチスとヒトラーを信じていようが信じまいが、 その政策に対して余計なことは言わずに付き合ってさえいれば、 自分と家族は悪いようにはならない・・。 そして気が付いた時には、時すでに遅し・・という印象のナチス下のドイツ人です。
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