人生とは常に理不尽だからこそ、強くあれ
児童書シリーズ第3弾は以前取り上げた英国ローズマリ・サトクリフの作品「運命の騎士」です。サトクリフと言えばなんと言ってもカーネギー賞受賞作「ともしびをかかげて(レビューはコチラ)」ですが、今回紹介する「運命の騎士」も児童書を越えて大人も十分楽しむことが出来る作品です。「ともしびをかかげて」の主人公アクイラは物語の開始時には青年でしたが、この「運命の騎士」の主人公は孤児で年端もいかない犬飼いの少年・ランダルで、自らを翻弄する運命が用意した非情な人生に苦しみながらも、色々な出来事や多くの人との出会いを通じて心身共に少しずつ成長し、物語の最後には運命に翻弄される少年だったランダルが自分の手で運命を切り開いていくまでの成長物語です。では早速あらすじを簡単にご紹介したいと思います。
孤児で犬飼いのランダルは、ろくでなしのランダル、こそどろのランダルと言われる悪童。母親はサクソン人で父親はブリタニー人で二人とも亡くなり城の犬小屋で犬と一緒に日々暮らしている。明日も昨日も何もない毎日の繰り返しの生活は楽士・エルルアンの登場で一変する。エルルアンの従者となった後、ディーンの領主・騎士エベラート・ダグイヨンに引き取られ、エベラートの孫ベービスと共にディーンの地で成長していく。美しい自然に囲まれ、ベービスと身分を越えた友情で結ばれたランダルは幸せな日々を過ごしていたが、平和な日々はイングランドの政治的陰謀によってディーンを、ベービス、そしてランダルを過酷な運命へと導いていく。
今回の作品の主人公ランダルもアクイラ同様、心に傷を持ち人を信じることが出来ない孤独な少年です。アクイラは自らの判断で人生を選ぶことが出来る年齢でしたが、ランダルはまだ少年で迫りくる過酷な運命に翻弄されるしかない少年です。そんなランダルを強く育て、人を信じること、そしてディーンという土地を帰ってくる場所として教えた騎士・エベラート・ダグイヨンとその孫ベービスに囲まれ成長していく姿は純粋で幸せな時間です。
物語の時代は「ともしびをかかげて」と同じ11世紀頃。ローマによるブリテン島の支配が終わりを迎え新たな勢力が後釜を巡り混沌とした時代で、権力を巡ってあらゆる陰謀が画策され政治的な駆け引きが行われていきます。サトクリフが描く物語の背景となる戦いや反乱は歴史上の事実をもとに描かれており、物語中に登場する身分の高い人達は全て実在の人物です。サトクリフが生み出した登場人物も実在の人物に負けない程個性的でとても魅力的です。
ランダルの命を助けた楽士エルルアンは、美しい竪琴を武器に身分の高い連中と渡り合い、ランダルの命をかけたチェスの試合では生粋のフランス人らしく優雅なポーカーフェイスで勝ち、小姓となったランダルに対し冷たい言葉の中にもしっかりと愛情を持ち、ランダルの将来を少しでも良いものにするために騎士ダグイヨンに預けます。ランダルをエルルアンから預けられた騎士エベラート・ダグイヨンは誠実な人柄と広い度量の持ち主で、良き領主として民に慕われランダルを孫ベービスと分け隔てることなく愛情をかけて二人の少年を立派な青年に育て上げます。家族や家を知らない生意気なランダルの心を誠実な人柄で溶かしたベービスは、素直で明るい性格と正しい判断能力を持った青年で、ランダルの良き理解者そして友達としてランダルを陽の当たる場所に連れて行きます。また早くに母親を亡くしたベービスの母親代わりの女性アンクレットは、黒く深い瞳で薬草に詳しくベービスとランダルの精神的な支えとなります。
ブリテン島の覇権をめぐる政争は最後にはディーンの土地を巻き込み、欲に目がくらんだ悪の根源ともいえる実力者ド・クーシーの策略により魔女狩り集団が襲って町を破壊しエベラートは命を落とし、残されたベービスとランダルはド・クーシーを倒すことを心に誓います。初めて手に入れた"家"であるディーンを壊したド・クーシーはランダルによって生涯の敵となり、その後ド・クーシーとランダルの戦いは頭脳戦を交え、最後は壮絶な決戦へ向かっていきます。物語の最後の決戦となる戦場では過酷な運命がランダルを待っています。戦場で展開される壮絶な戦いや怒り、悲しみ、喪失感等ありとあらゆる感情が飛び交うシーンは目の前でその情景が繰り広げられているような臨場感で溢れています。サトクリフの描写力は非常に高く評価されていますが、やはりこういったシーンを読むと彼女の描写は本当に凄いの一言です。
ランダルにとって運命は辛く苦しい試練の連続です(サトクリフは鬼かと思うほどです)。そして物語は思わぬ形で突然終わりを迎えます。勝者ではなく心も空っぽの単なるランダルという身体だけでディーンに帰ってきます。美しいディーンの自然に包まれ静かに過ごすうちに、全てを失っても守るべきものがあり、帰る場所があるという事実がランダルにとって生きる力へと変わり、ランダルの精神的成長が描かれます。"人生は過酷であり理不尽であり、思う通りに生きることは出来なくても、運命に翻弄されるのではなく運命を自分で選べる強さを身につけてほしい"というサトクリフの強烈なメッセージを、ランダルの魂の再生を通して読者に訴えてきます。
物語としては「ともしびをかかげて」には及びませんが、岩波少年文庫の対象である小中学生には年が近いランダルの物語の方が心を動かすかと思います。歴史的背景が少し複雑なため対象年齢は"中学生以上"とされていますが、小学生高学年でも読めると思います。ランダルのような波乱万丈な人生はご遠慮したいですが、彼の精神的強さ、自分が背負うもの達への責任、全てをあるがままに受け入れる強さ。人生は自分の手で選ぶことが出来るということを改めて感じさせます。少しビターな物語ですが、大人も子供も限らず何かを得られることが出来る作品です。興味のある人は是非手に取ってみてはどうでしょうか。心の底にある何かに響く特別な小説です。自信をもってお勧めしたいと思います。