「チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む」というサブタイトルにピンと来た人は手にとって損はありませんよ。2002年から2度にわたって、チベット奥地のツアンポー峡谷に残された人跡未踏の5マイル探検に単独で向かった著者自身による旅行記です。
ヒマラヤの麓、と言っても天を突く山々ではなく日の光もほとんど差さない谷底の旅エス。どんな環境なのかは本文中にもたっぷり紹介されていますが、とても登れない岸壁や永遠に続く藪漕ぎなど、読んでいるだけで死にそうに辛くなってきます。これに加えて、各種装備の持ち歩きとか水の確保とかダニまで付いてくるんですからもう。
どうしてわざわざこんな大変なことをしようとするのか理解できない、そんな感想はもちろんあるかと思います。「ピンチを乗り越えるのが好き」「ちゃんとした地図のない土地ってわくわくする」「そこに山があるから」とか、苦労するに至るまでの理由はいろいろあるでしょうが、個人的にはこうした事情は理不尽であるほど納得がいきます。他人からどう思われようが、本人がそう言ってるならしょうがないんですよ。お金がたくさん入るからというのでこういうことをしようとする知人がいたらたぶん止めますが、太陽のせいだと言われたら止められないんじゃないかと思います。
こうした秘境への探検は、現地への行き帰りに地理的および社会的な問題が立ちふさがることもありますが、チベット奥地という微妙な場所に向かう本書でもそれは避けられません。2002~2003年にかけての心躍る探索の後、2009年に著者はふたたびツアンポー峡谷を訪れますが、2度目の単独行の顛末は全開とは全く別の印象をもって迫ってきます。これは同じ場所に同じ人が行った記録なのか、どんな事情が重なってこんな違いが生まれたのかとしばらく考え込んでいました。
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角幡唯介『空白の五マイル』(集英社文庫)
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