この作家の本を読むのは初めて。名前は以前から知っていて少しは気になってはいたのだが。
奇っ怪な小説である。あるジャズのテナーサックス奏者(通称イモナベ、本名渡辺柾一)の異様な足跡を追跡するジャズ評論家。カフカの「変身」へのオマージュが基調になり、ヒトが虫へと変態進化するという幻想に囚われて常軌を逸した行動をとるミュージシャンの残した演奏レコードや映像を検証する試み。間に挿入される虫と樹に関する幻想譚が交錯する。 私はジャズとは全く無縁な人間なので、1970年頃から現在に至る日本でのジャズの変遷史などの細かなディテールにはイマイチのめり込めなかったが、そういう〈時代〉〈シーン〉を背景に、こういう不思議で暗い、禍々しい芸術と妄想の混交するほら話を緻密にかつリアルに組み上げた作品であり、そこにはちょっとおぞましい魅力がある。 大体、カフカの「変身」という異様な作品の与える〈トラウマ〉的効果は大きなものだろう。 あれを読んでぞわぞわした気分になり、わけのわからぬ説明不足なままで放り出されて途方に暮れつつ、その記憶はしつこく残り、いつまでもその違和感・不安が心に残るような作品だから。 この小説も、そこに原点があるように思った。ジャズに詳しい人による変奏というような印象。↧