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大江健三郎著「大江健三郎自選短編」を読んで

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IMG_3035.JPG 照る日曇る日第743回  これは処女作から最新作まで著者みずからが年代別に精選した短編の集成で、文庫本ながら総計840頁と大いに読みでがあります。  しかも短編と称しながらも本書には中長編の「新しい人よ眼ざめよ」「雨の木」「静かな生活」などの主要部分も収録されており、いわば1冊でこのノーベル賞作家の文業を総覧することができる重宝な文庫本なのです。  こうやって年代別に読んでいくと―ヴェルディのオペラと同じことで―若書きの最初期のものはやはり中身が薄く、―「人間の羊」と「セヴンティーン」を除いて―歳月と経験が深まるごとに作品の内容と形式がどんどん複合的に深化してゆき、ついには「ファルスタッフ」のような、軽みをともなう豊かな成熟の草原、静かの海のような地点に到達してゆくのですが、その道中で、私たちはこの勤勉な作家の、痛苦に満ち満ちた大いなる試行錯誤の足取りを体感することができるのです。    とりわけ印象的なのは1991年に発表された「火をめぐらす鳥」という題名の短編です。そこでは伊東静雄の「鶯」という詩の解釈をめぐる興味深い考察が繰り広げられるのですが、やがてそれは障碍を持つ息子との個人的な体験に話柄が及びます。  そしてたまたま息子の癲癇発作を救助しようとして、プラットフォームに血まみれで倒れた主人公が、その時近くの竹藪で鳴いている鳥の声を耳にしながら「イーヨー、イーヨー、困ったよ。一体なんだろうね?」と尋ねると、かつて「クイナです」と呟いた息子が、いつしか絶えて口にしなくなった鳥の名を―「ウグイス、ですよ」と―口にするのです。  そしてこの感動的な小品は、  「私の魂」といふことは言へない   その証拠を私は君に語らう  という伊東静雄の詩で締めくくられるのですが、その時私たちは、時空を超越した一羽の火の鳥が、これまた時空を超越して飛翔する私たちの魂を、永遠の相の下で一挙に結び合わせるという奇跡を目の当たりにしたような、美しい錯覚に陥るのです。   「憲法」とかけて「ケムンパス」と解くその心は「これでいいのだ」 蝶人

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