「さあて、またもや裁決書類は床に落ちて仕舞うたのう」
笑い納めてそう云う閻魔大王官を、補佐官筆頭は動きを失くして、手に負えない悪戯小僧を見るような眼差しで、暫く見下ろしているのでありました。
「私をおからかいになったので?」
「いやまあ、特にそんなつもりはないのじゃが、ま、あっちこっち走りまわって、せっかくこの亡者殿が、娑婆に逆戻るための算段をつけてきたのじゃろうから、その努力を無にせんためにじゃな、ワシが愛情に満ちた計らいをなしたと、そう思えばええわい」
閻魔大王官はそんな白々しい事を云うのでありました。
「ああそれはどうも、慎に有難い限りで」
補佐官筆頭は憎々し気に、閻魔大王官に謝辞を投げつけるのでありました。
「そうやってむくれとらんで、この亡者殿の仮の姿の耐用時間もある事じゃし、早々にお主のつけた算段に取りかかった方がよかろうぞい」
「はいはい、ではそうさせて頂きます」
補佐官筆頭は閻魔大王官を適当にあしらうような口調でそう云うと、それ以上相手にしないと云う意思表示のように、拙生の方に体ごと向きなおるのでありました。
「さて、こちらでは亡者様を娑婆にお戻しする手立てがありませんので、亡者様にはお察しの事とは思いますが、これから三途の川を渡って、準娑婆省の方に逆戻りして頂きます」
「準娑婆省に行けば、娑婆に戻る手立てがあるのですね?」
拙生は補佐官筆頭を上目で見ながら訊くのでありました。
「そうです。前に話したかも知れませんが、準娑婆省は娑婆と色々濃密な関わりを持っておりますので、亡者様を娑婆にお戻しする手段なんかもありはするのです」
「お話しに依ると私一人きりで、いや一亡者きりで準娑婆省に戻るのではないでしょう?」
「はい。今回も不肖私奴が、同行させて頂きます。様々のあちらとの折衝事やら、あれこれ煩雑な手続きなんかもありますし、それに閻魔庁の特例措置である事の保証のためとか、まあ、そういう点でどうしても私が同行しなければなりません。それに私の他に、準娑婆省での亡者様の安全に万全を期すために、警護係りも二鬼、一緒に行く事になります」
「ああそうですか。そうなると四人旅、いや一亡者と三鬼旅と云う事になるわけですね?」
「そうです。それに私と警護係がご一緒するのですから、亡者様には何のストレスもおかけいたしません。露払いが三鬼ついた大名旅行、と云う了見でおいでになって結構です」
「ああそうですか。一亡者三鬼の旅行となると何となく楽しそうですな」
「如何なるご面倒もご不自由も決してはおかけいたしませんので、どうぞご安心を」
補佐官筆頭はそう云って深々とお辞儀をして見せるのでありました。
「ちなみに訊きますが、準娑婆省に行ったら、準娑婆省の街の散歩とか観光地巡りなんかは、私が望めば出来るのでしょうかな?」
「いやあ、亡者様の仮の姿の耐用時間がありますから、そんな暇はありませんねえ」
「ああ、そりゃそうですな。こりゃまたとんだ間抜けな事を聞いて仕舞いました」
「一刻を争うと云う表現も、決して大袈裟ではありません」
(続)
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