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第八百六十八話 健診の日

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 うちの会社では、年に一度従業員のための健康診断が実施される。以前は近隣の病院にまで足を運んで健診を受けていたのだが、比較的従業員数が多い会社に倣って、検査技師が会社に大挙してやって来て行うという形になってからもう何年もたつ。会議室が検査スペースに変わって、従業員は順次そこに集まって健診を受けるのだ。わざわざよそに行くことを思えば、いつもと同じように出社すればいいので不安にならなくてすむ。

 ところが、私は去年から、この年に一度の健診を苦に思うようになった。身長、体重の測定、視力、聴力検査、そこまではいいのだ。その次に測る血圧でまず躓く。私の血圧を測った検査員が必ず「あれ?」と首をかしげるのだ。「故障かなぁ? すみません、もう一度測ります」結局機器の調子が変だということで、とりあえず次の検査に行かされる。骨粗しょう検査や腹部エコーも問題ない。だが心電図でまた躓く。検査員はまたしても首をかしげておかしいなと繰り返す。それと血液検査も後日悪い結果が知らされて、再検査という運びになるのだ。

 再検査ということはどこかが悪いに違いないということだから、それだけでストレスになる。もしや癌ではないか、もしや糖尿病ではないか? そんな不安と共に数値が知らされるわけだ。こんな結果が出るようになってから、私はいわば健診恐怖症のようになってしまっている。健診のために並ぶだけでも苦痛だ。

「あの、問診の先生からお話があるようです」

 心電図で首をかしげていた検査員が私に告げた。

 健診の最後を締めくくるのがこの問診というやつで、基本的には問診票に自分で書き込んだ内容を医師に見せながら、相談をするという機会なのだが、今回は医師の方からきりだしてきた。

「最近、変わったことがあったんじゃないですか?」

「変わったこと? 別に……」

「そうですか。自覚はないんですね」

 医師は私の腕を取って注射針のようなものを取り出した。

「痛みがあったらいってくださいね」

 医師が私の腕に針を突き刺したが、私は何も感じなかった。

「先生、最近の注射針はよくできてますねぇ。細くなりすぎて、痛みを感じさせない……」

 医師は黙って私の表情を見ていたが、こわばった表情を努力して緩めながら言った。

「率直に申しますが、これは針のせいではありません。あなたが痛みを感じていないということなんです。いやそれだけじゃない、血圧もゼロ、心電図もなし、瞳孔も開いたまま……どういうことかわかりますか? あなたは生きていない。死んでいるんですよ」

 またか。去年も同じようなことを言われた。でも私はこうしてここにいるじゃないか。何を馬鹿なことを言っているんだ。人のことを死人扱いしやがって。こんなことになるから私は健診恐怖症になってるんだよ。もし、他の人間に私が死人と同じ結果を出しているなんて知られたら、気持ち悪がられるではないか。

 とにかく、はぁ、そうですかと力なく答えて問診室を後にしたのだが、今回はこれで終わったが、また来年同じようなことが起きるかと思うと、今から健診が嫌で仕方がない。もう、来年の検診は拒否しちゃおうかな、私はそう思いながら仕事に戻った。

                                了 


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