「ほい、何でも訊きなされ」 「次はこの、亡者の仮の姿の幾つかの点についてです」 拙生がそう云いながら顔を上げると、何故か閻魔大王官はどう云った了見かは判らないのですが、無表情に未だ頷き続けているのでありました。 「おお、何じゃな?」 「我々亡者は幽霊みたいな存在だと云うのに、どうして食事が出来るのかと云う質問です。幽霊なら普通、食事は要らないと思われるのですが?」 「まあ、食事くらいは出来んと、思い悩みの三日間が退屈じゃろうからのう」 閻魔大王官は未だ頷き止めずに云うのでありました。 「しかし基本的には不必要で無意味な機能でしょう?」 「まあそうには違いないが、そんな愛想のない事を云わんと、あんまり小難しく考えないで、食って飲んで大いに楽しめばそれで宜しかろう」 「ええ、私も大いに飲んで食って三日間を楽しませて貰いましたが、しかし何となくちょっと、喉に刺さった儘の魚の小骨のように気になり続けていましたので」 拙生は自分の喉仏を指差しながら云うのでありました。「私は気持ちに引っかかる事があると、何となく十全に楽しめない性質でしてね。それに、食ったらその後に排泄の要が生じる筈ですが、私は排泄と云う行為をこちらに来て以来一切しておりません。だからと云って、便秘の苦しみもありませんが、この辺の按配は如何になっているのでしょうか?」 「まあ、態々便秘の心配はせんでも構わんのじゃがのう」 「我々亡者は幽霊みたいなもので質量がないのでありますから、そう云う質量のないヤツが質量のある物を摂取すると云うのは、何やら成立不可能な事象のように思われるのです。ええと、私の云わんとしているところがお判りでしょうか?」 「ま、判りはするがのう」 閻魔大王官は頷き止めて顎髭を手で梳くのでありました。「要するに非物質的存在が物質を摂取する、或いは接不出来ると云うのはおかしな話しじゃと、そう思うわけじゃな?」 「まあそうですね」 拙生は一つ頷くのでありました。 「その辺の絡繰りじゃがな、・・・」 閻魔大王官は少し身を乗り出すのでありました。「飯がじゃな、亡者殿の口に入れられた瞬間から、もうその飯は物質ではなくなるのじゃよ」 「飯が物質ではなくなる、・・・のですか?」 「そう云う事じゃ。それじゃから幾らでも食えるし、一向に便秘にもならんのじゃ。まあ、霞を食っとるような感じじゃ。霞じゃったら消化する必要はなかろうからのう」 「まるで仙人みたいな風ですね」 拙生はそう云って頷きはするものの、そんなレトリックで応えられても、あっさり納得は出来ないと内心では思うのでありました。暗喩的な説明を有耶無耶な儘、感覚的に納得するのではなくて、拙生はリアルなメカニズムが知りたいのであります。 (続)
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