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第八百六十二話 株式ゲーム

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 上がったり下がったりち、このところ何かと騒がしい株式とかいうやつ。数字にはめっぽう弱い私は、今まで株とかファイナンスとか、そういう面倒くさいものには手を出すまいと思い続けていたのだが。

 先月あたり、株を買うならいま! などと世間で言われていた時にすらまだその気にならなかったのに、数日前、株が大暴落! というニュースを聞いて遂にその気になった。私はとても天邪鬼なのだ。

 とはいえ、株のかの字も知らない私が、なんの知識もなしに株式をはじめられるわけがない。そんなときに知人からスマホのアプリで勉強できるよと教えられ、ひとまずそういうのをやってみることにした。いわゆるヴァーチャル株式ゲームっていうやつだ。

「ザ・株ファイナンス」という名のゲームアプリはよくできていて、本物の取引さながらの体験ができるようだ。出来高だの新安値だの、最初はわけのわからない用語に辟易していたが、わからないなりに、適当に見つけた銘柄っていう奴を数株買ってみたり、売ってみたりして遊びはじめた。もちろんゲーム上でヴァーチャルにだ。何回か売り買いを重ねてみると、案外シンプルなんだなとわかってきた。ヴァーチャルだから元手もいらないし、ゲーム上でも信用取引という現ナマのいらないシステムを使っている格好だ。要は気に入った銘柄を指定して、必要な数だけ買う。ある程度値が上がったら売る。その繰り返しで元手はどんどん増えていく。これが逆に回りだしたらたいへんなことになるわけだ、現実では。

「あれ、なにしてるの? それ、もしかしたら株?」

 会社から帰ってきた旦那がスマホ相手に格闘しているわたしの手元を覗き込んできた。

「そうよ、ちょっと株の勉強でもして、儲けたいって思って」

「いいねぇ。で、もうさっそく?」

「ううん。これはね、ゲーム。ヴァーチャルなの」

「そんなゲームがあるのか、ふぅん」

 旦那は私からスマホを取り上げて本格的にさわりはじめた。これがこうで、ほぉ、なるほど。そういうことか。旦那はすこしだけれども株をやったことがあるそうで、基本的なことはわかっているみたい。

「おい、これ、儲かってるじゃないか。すごいぞ」

「そうでしょ。この一週間ほどで、ずいぶん増えたわ」

「随分って、お前これ……」

「最初はね、下手こいてさ、何十万どころか百万単位でマイナスになったりしてたのよ」

 旦那の顔色が変わる。

「でもさ、そこで勉強できたから、いまやほら、もはや億万長者でしょ!」

 わたしはけたけた笑いながらスマホの数字を指さした。

「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……おく……」

 旦那が数字を数える。

「でもさ、ヴァーチャルだからね。これがリアルだったらなぁ……」

 旦那が手をふるわせながらスマホを返してきた。

「お前、なに言ってるんだ? これって、これって……」

「そうよ、ヴァーチャルゲームだからリアルじゃないの」

「ここ、見てみ……」

 旦那が指差すスマホの画面を見た。virtual⇔realと書いてあるところ。

「お前な、これって……ヴァーチャルじゃなく、リアルの設定になってるぞ」

 このスマホゲームは、ヴァーチャルシミュレーションもできるけれども、本当の取引もネットを通じてできてしまうアプリらしい。私はそれを知らずにリアル設定のまま使っていたのだ。もし、これがマイナスのまま今日まで来てしまっていたら……急に私の手までふるえて来た。

「早く、早くそれを!」

「早く何を?」

「下がる前に売ってしまえ!」

 画面上のレイトを見ると、掴んでいる銘柄が下がりはじめているようだった。

「ど、どうしたら……どうやったらいいの?」

「知るか! それはお前が勉強してきたんだろう?」

 私はウロが来てしまって、頭の中は真っ白。この一週間で身につけたアプリの使い方がすっ飛んでしまっていた。画面上の数字はみるみる下落しはじめているのに。

                                   了


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