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もうじやのたわむれ 272

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「まあ、あの一件は、お主が間抜けだったと云うのも一因ではあるぞい」  閻魔大王官は補佐官筆頭の方をふり返らずに、拙生を見ながら、皮肉な笑いを髭に覆われた口の周りに薄ら湛えて云うのでありました。 「そう云われて仕舞えば、私は立つ瀬がないですが」  補佐官筆頭は閻魔大王官の冠の乗った頭頂部に向かってボソボソと云うのでありました。 「まあ、後ろに立っておる補佐官のぼんくら加減はさて置くとして、・・・」  閻魔大王官はそう云って、両手で頭の冠の位置を直すのでありました。「兎に角、誘拐されずに無事にこの二回目の審理を受ける事が出来て、何よりじゃったわいの」 「はあ、有難うございます」  拙生はそう云って、取り敢えず閻魔大王官にお辞儀をして見せるのでありました。 「地獄省の住霊として生まれ変わった後なら、地獄省としても救出のための打つ手は色々あるのじゃが、亡者の儘で誘拐された場合、こちらの対策も限られておるのでのう」 「亡者の場合、対策を打つのに何か障害があるのでしょうか?」 「亡者殿の場合はのう、未だこちらの世の生命とは判断されないと云う理由から、地獄省霊保護と云う大義名分で、地獄省が省として前面に出て準娑婆省の蛮行を追及したり、断固とした措置を取る事もなかなか出来難いのじゃよ。地獄省内で誘拐とかの犯罪行為が行われたら、それは地獄省内の治安と云う見地から、その犯罪行為に対してはとことん対処出来るのじゃが、準娑婆省に既に連れて行かれて仕舞った亡者殿の身柄の返還とかは、省家的な対応とするには省際法上小難しい一面があってのう。忌々しい限りではあるがのう」  閻魔大王官は眉根を寄せて憂い顔をするのでありました。 「その、省際法上、と云うのは娑婆で云えば、国際法上、と云う事ですね?」 「正解じゃわい」  閻魔大王官はピースサインをするのでありましたが、それを表現する大王官の二本の指は、憂いと憤りのためか力なく項垂れているのでありました。 「実はその誘拐の件も含めて、少々お伺いしたい疑問が思い悩み期間中に出現いたしまして、若しお時間があるようなら、その点を確認したいとメモをしてきたのですが。・・・」  拙生はポケットからゴソゴソと昨夜書いた質問メモを取り出しながら、閻魔大王官の顔を上目で覗きこむのでありました。 「おう、時間なら何も気にする事はないぞい。亡者殿の疑問とかには、何時でも出来る限り応える事になっておるからのう。閻魔庁は懇切丁寧な亡者殿対応を心がけておるし」 「ああそうですか。それはどうも。では遠慮なく幾つか質問させて貰います」  拙生は首をヒョイと前に出して軽い謝意を表した後、質問メモに目を落とすのでありました。しかしそう云えば、拙生は娑婆では眼鏡をかけていたのでありましたが、今のこの、霊に生まれ変わるまでの仮の姿にくっついている眼球は、眼鏡もなしにメモの上の小さい拙生の金釘流の文字を明瞭に読めるのでありました。まあ、その事に今頃思い至ると云うのも、拙生も相当に呑気なものでありますか。こう云った拙生の迂闊さなんぞに限っては、この仮の姿の中にあるであろう脳も、ちゃんと娑婆の儘を引き継いでいるようであります。 (続)


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