三浦しをんさんの「舟を編む」を読みました。この本は2012年度の本屋大賞第1位に輝いた本で、映画も作られてこの4月に封切られました。なので、今さら私がこの本の紹介をする、などというわけではなく、単に読後の感想です。現在国際会議でドイツに出張中で、時間もあるので、既に3日間で2回読みました。それだけ面白い小説です。 映画の方は松田龍平・宮崎あおい主演で4月に封切られてますが、残念ながらまだ見れてません。(だって、鳥取には来ないんだもん) いずれ、映画の方もぜひ観たいと思ってます。 この本は「大渡海」という架空の日本語辞書を編集する人たちの物語です。この大渡海という名前は、大槻文彦の「言海」などからの連想でしょう。この「言海」は日本最初の国語辞典とも言うべき辞書で、この物語の中にも何回も出てきます。 物語は、新たな国語辞典「大渡海」を編集している編集主任の人がもうすぐ定年退社というあたりから始まります。自分の跡継ぎにと探した馬締さん(まじめと読む)がこの物語を通しての主人公です。物語は大きく2つに別れていて、この馬締さんが辞書編集部に入って来て、仕事に慣れるまでと、その役10年後、いよいよ「大渡海」完成間近の時期とが描かれてます。後半の部分だけ、新たに辞書編集部に廻された岸辺みどりが狂言回しとして登場します。 読後感としては、何かを作るのに夢中になる人たちへの作者の温かい目が感じられて、非常に爽快になる本ですね。私自身は物理学者ですが、理系の研究の世界もまったく同じです。やはり大学院博士後期課程の頃とか、その直後のポスドクの頃とか、自分が手がけている研究テーマだけを夢中になって考える時期でしたね。みんなそうでしたし、今のD院生・ポスドクの人たちも、分野を問わずにそうだと思います。私は会社に勤務したことが無いので、会社ではわかりませんが、この本のように1つのことを任されて、地道に、しかし確実に仕上げていって評価されたという経験を持つ幸運な人も、少なくないのではと思います。あるいは、そうあって欲しいという作者の願いも入っているのかもしれません。 職人気質というか、1つの事に熱中し、とにかく自分が納得いくまで入念に仕上げていく・・・ 今の日本人がどこか忘れてしまったものを、この本は教えてくれているような気がします。 作者の三浦しをんさん自身、とても辞書が好きなのでしょう。国語辞書への愛情に溢れている感じです。そして、同性愛者のようなマイナーな存在にも温かい目を注ぐ作者の視点が印象的です。 情報科学の世界で最近注目されている分野に「自然言語処理」という分野があります。これは自然言語、例えば日本語を機械的に処理しようという研究で、その意味では理系なんですが、でも、日本語とその用例という文系的なセンスも無いと勤まらない分野だと思います。そんな、理系と文系の挾間にいる自然言語処理系の研究者・開発者・学生の方々などにも、ぜひ読んで欲しい本ですね。きっと、共感できる部分があると思います。
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