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風に舞う女王様 Ⅳ

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「ただい」 「きゅぅ~~~ん」  玄関を開けると、犬の情けない声に迎えられた。 「あ、おかえり~」 「……何やってんだよ、姉貴」  いつもは庭の犬小屋にいるはずの犬が、土間で丸くなっていた。そして、玄関には姉貴がいた。座りこんで犬をモフってる。 「ゴン、風で怯えちゃってさー。庭できゅんきゅん鳴いてたから、こっちに連れてきたの。庭に一人でいるより、誰か一緒にいてあげた方がいいでしょ?」 「……へえ」  姉貴は上がTシャツ、下はジャージという格好。髪はぼさぼさで化粧もしてない。外出する気ゼロだ。 「靴は下駄箱に入れといて。ゴンに囓られたくなかったら」 「おう」  シベリアンハスキーもどきのバカ犬は、俺のために場所を空けてくれたりなんかはしなかった。俺は犬の尻尾を踏まないよう、細心の注意を払いながら、姉貴の横を通って玄関に上がった。 「確かに、風すげーもんな」  風のごおおっという音に混じって、ミシミシと軋む音がする。家のどこかが歪んでるんだろう。恐るべき安普請だ。 「間久部さんの家、瓦が飛んでた」 「へぇー、そうなんだ。そりゃすごいねぇ」  棒読みの返事が返ってきた。どうやら、素直に白状する気はないらしい。 「コーラ買ってきたぞ」 「ん、ありがと。冷蔵庫入れといて」 「飲まないのかよ」 「今はいらない。八雲は飲んでいいよ。グラス出してあるから」  キッチンに行くと、確かにグラスが用意されていた。ご丁寧に氷まで入ってる。  熱風にあおられっぱなしで、喉がからからだ。さっそくコーラを一本開けて、グラスに注いで流しこむ。生き返った気分になった。  冷蔵庫を開けて、残りの九本をしまおうとした。 「おい、冷蔵庫入りきらねーぞ」 「そう? じゃ、はみ出した分はそこらに置いといていいんじゃない。飲む時にまた冷やせばいいでしょ」 「ん」  キッチンに座って、携帯を開いた。まず着信記録を見て、それから写メに撮っておいた時刻表を見る。予想した通りだった。  コーラを注ぎ足してから、グラスを持ったまま玄関に戻った。姉貴はまだそこにいた。 「くぅんくぅ~ん」 「ほれほれ、ゴン変な顔ザブロー様の登場だ~」  姉貴は犬に変顔をさせている。哀れなバカ犬は、姉貴にオモチャにされながら、甘え声で尻尾を振っていた。 「なあ。冷蔵庫一杯だったぞ」  俺が声をかけても、姉貴はこっちを振り向きもしない。 「うん、だから入りきらない分はそこ置いといていいってば」 「その話じゃねえよ」 「へ?」 「食いもん、何もないんじゃなかったのか?」 「お姉ちゃん、そんな話したっけかな?」 「したよ。なんか食うもん買ってこいって、そうメールしたろ」 「ん~、そう言われるとそんな気もするわね。ごめんごめん、私の勘違いだったわ」  飽くまでとぼけるつもりらしい。 「なら、吾領の話も勘違いか?」 「玲奈ちゃんがどうしたの?」 「同じメールで、吾領の話もしてただろ。吾領の分も買ってこい、とか」 「ああ、そうだっけか」 「俺が吾領と一緒にいること、なんでわかった」 「……えーっと」  姉貴は嘘が下手だ。そのくせ、最後まで誤魔化そうと悪あがきをする。 「だってほら、アレよ。同じ部活なんだから、帰るタイミングが一緒なのは当たり前じゃない。バカねー八雲、そんなこともわかんないなんて。修行が足りないぞ♪」 「バカはお前だ、クソ姉貴」 「ほえ?」 「お前、今日学校来てねーだろ。そのお前が、なんで吾領がオカ研に入ることを知ってんだよ。そもそも、吾領が復学したことだって知らねーはずだぞ」 「それはその……そーそー、昨日ゴンの散歩に行った時、家の前で偶然玲奈ちゃんに会ってね」 “散歩”というキーワードに反応して、犬が首を持ち上げかけた。が――すぐ残念そうな顔で耳を伏せてしまった。外の惨状を思い出したんだろう。 「ちょっと立ち話したついでに、いろいろ聞いたのよ。ほら、女の子同士って、たくさん話すことがあるんだって」 「女の子って歳じゃねーだろ、お前は」 「あーこらこら。お姉様に向かってなんたる無礼な」 「だいたい、昨日ゴンを散歩に連れてったのはお前じゃない。俺だ」  ぺしっ。姉貴が平手で額を叩く。 「あちゃーっ。こりゃお姉ちゃん一本取られちゃったね」 「何本でも取ってやる。むしり取ってやる」  ごううっ。風が吠えて、犬が不安そうに身じろぎした。 「えー……まだ何かある?」 「俺がバス待ってた時、携帯に電話してきたろ。駅前でビデオ借りてこいって」 「あーうん、お姉ちゃんデブリーの新しいの見たかったな。何だっけ、今CMでやってるじゃない。あれもうレンタル始まってるよねえ?」  姉貴の戯言には耳を貸さず、俺は追求を続けた。 「バス、遅れてたんだ。風のせいで。センター行きも駅前行きも、両方遅れてた」 「そりゃ、この風だもんね。で、デブリーのタイトル何てったっけ?」 「バス遅れてたんだよ。だから、姉貴にわかるはずがないんだ。『急げばまだ間に合う』とか」  さっきキッチンで、通話記録と時刻表を比較してみた。姉貴から二度目の通話を受けた時間、駅前行きのバスはとっくに走り去っているはずだった。次のバスが来るのは三十分後。こっちは走らなくても充分間に合う。  俺は姉貴の要請を断るために、『もうバスは行っちまった』と嘘をついた。けど姉貴はあっさり『急げば間に合う』と言った。あの時に気づくべきだった、何かおかしい、って。 「むに~ん」  姉貴は犬の頬をつまんで、ハスキーもどきにマヌケな笑い顔をさせてる。 「俺がバス乗ってる間、通話じゃなくメールに切り替えたろ。そのタイミングもおかしい。通話だと俺が出ないと思ったんだろうけど、俺がいつバスに乗って、いつ降りたか、姉貴にはわかんねーはずなんだ。バスは遅れてたんだから」 「……ぐう」 「寝たふりすんな」  背中に蹴りを入れた。といっても、爪先でちょんと突いたくらいのもんだが、姉貴は「痛っ」と悲鳴をあげて、涙目でこっちを振り返った。 「いったいなぁ~。やっくん、お姉ちゃんを乱暴に扱わないでよー」 「その呼び方やめろ。そんなに強く蹴ってない。あと、話をごまかすな」 「ぶーぶー」  ぶーたれて犬に向き直る。俺は姉貴の後頭部に向かって話を続けた。 「朝から風、強いよな」 「知ってるよぉ。そのくらい、家にいてもわかるもん」 「すげー風だ。瓦が飛ぶくらいの」 「間久部さんちの瓦でしょ。それさっき聞いた」 「風で飛ばされるとこ、この目で見た」 「へー。そりゃ貴重な瞬間を目撃したねえ」 「俺と吾領の目の前。三十メートルくらい離れてた」 「ふーん。けっこう際どいタイミングだったね」 「ああ、危ないとこだった。際どいタイミングだったよ」  一旦言葉を切ってから、俺は核心を突いてやった。 「自販機でコーラ買わなかったら、ちょうど瓦にぶち当たるくらいのタイミングだった」 「……」  自分の立場が悪くなると、姉貴は黙りこむ。この時もそうだった。 「おい。何とか言え」 「……はぁ~っ」  俺がせっついたら、姉貴は深いため息をついた。 「夢、見たんだよね」 「夢?」 「うん。瓦が八雲に当たって、脳みそがそこらに散らばってるとこ」  ――そこまで詳しく説明せんでいい。 「だったら、朝にでも俺にそう言えばいいだろ」 「だって、起きたら八雲いなかったじゃない」 「お前、結局寝坊かよ。今日サボったのは天気と関係ねーんだな?」 「えー。お姉ちゃん難しいことわかんなーい♪」 「それでよく教師が務まるな、ダメ人間」  今はこいつのダメっぷりを追求してる場合じゃなかった。話を戻そう。 「携帯で話した時にでも、警告すりゃいいだろ。下手に理由こじつけて寄り道させるより、その方が手っ取り早くて確実じゃねーか」 「だって……だってさあー」 「だって何だよ」 「だって、私がこーいうことするの、やっくん嫌がるじゃない」 「…………………………おう」  確かに。姉貴がこうして霊能力だか超能力だかを使うの、俺は好きじゃない。 「私が普通に忠告しても、やっくん素直に聞いてくれないでしょ。だから、やっくんに適当なお願いして、タイミングずらそうと思ったわけ」 「いや……いくら俺でも、命にかかわる忠告くらいは聞くぞ」 「本当に?」 「ん……」  改めてそう聞かれると、自信がなかった。 「……礼は言わねーからな」 「うん。いいよ」 「あと、コーラの金払え」 「あ、お姉ちゃんコーラ好きじゃないから。全部飲んじゃっていいよ」 「それとこれとは話が別だ。お前がおごるって言ったんだろ」 「はぁーっ。しょーがないなぁ」  犬の頭をわしわしと撫でながら、姉貴はこっちを振り向いた。 「お財布、二階だから。後で払うね」 「おい、またそーやってごまかす気だろ。そうはさせねーぞ」 「私を信用しなさい。約束は守ります」  姉貴は得意げに胸を張って、一点の曇りもない笑顔で断言した。 「お姉ちゃん、これでも教師なんだからね♪」 「言ってろ」  俺はキッチンに戻りかけ、思い出して振り向いた。 「そういや、吾領はどうするつもりだったんだよ」 「んー?」 「最初の電話の時、俺が素直にコピーとりに行ってたら、吾領が一人でバス乗ってたんだ。ちょうど瓦のタイミングで、吾領がそこの道通ってたんだぞ」 「ああ、それ問題なし。玲奈ちゃん、あんたのこと待ってたはずだから」 「……」  思わず絶句して、キッチンに戻った。  あいつの言うことは信用できない。絶対信じねーぞ、俺は。  そんな都合のいい話、あってたまるか。  ――で、それから一週間近く過ぎてるんだが。  姉貴は一向にコーラ代を払おうとしない。前に立て替えたピザの代金さえ、払おうって気配も見せない。  なんであんなのが教師やってんだ。おかしいだろ。嘘つきが。  ふざけんな。 (おしまい)


 新作です。まったく怖くないオカルトもの、という新ジャンルを確立しようかと思ってます。  で、多分これ連作になります。予定だと、このお話は連作の4話めになるはずです。  なぜいきなり4話めか、といいますと、これが一番シンプルでわかりやすくて書きやすかったからです。主要登場人物も全員出てくるし、サンプルとしてはちょうどいいかと思いまして。  サンプル、というのはどういうことかといいますと。……というのは別の話になるので、次のエントリーでご説明します。

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