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もうじやのたわむれ 356

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 拙生は洞窟の外の三鬼に向かって、愛想に手をふるのでありました。それを認めた三鬼も拙生に手をふり返すのでありました。 「ほら、さっさと奥にお行きよ」  しこめ姐さんが拙生に催促するのでありました。 「ああ、忘れるところだった、これを渡しておかねば」  拙生はそう云いながら手にしていた湯呑の入った小函を、おずおずとしこめ姐さんの顔の前に差し出すのでありました。 「何だいこれは?」  受け取ったしこめ姐さんは函の上下左右を、熱心に観察するのでありました。「熨斗がかけてあるねえ。これは景品か何かかい?」 「閻魔庁でいただいた冥途の土産です」 「あ、そ。これを娑婆に持って帰るのかい?」 「そうです。閻魔庁から貰ったものですから、別に娑婆に持ち帰っても問題にはならないでしょう。私としては何となく引っかかるものも、多少ありはするのですがね」 「まあ、折角くれるってものなら、素直に貰っとけばいいじゃないかい」  しこめ姐さんはそう云いながら、全く無造作に、小函を岩の隙間の暗闇の中に無精な手つきで放り投げるのでありました。 「あっ、そんな乱暴な!」  拙生は姐さんの無神経な為様に驚いて思わず声を上げるのでありましたが、その後に湯呑が割れる音も聞こえてこないし、それどころか地面に函が落ちる気配もしないのでありました。まるで闇に吸いこまれて消えてなくなったと云った風であります。 「さあこれで、あの函の方が一足先に娑婆に行っちまったよ」  しこめ姐さんが云うのでありましたが、その言葉は拙生には、さっさとお前さんも闇の中に消えちまえ、と云う督促のように聞こえるのでありました。 「じゃあ、私も早々に冥途の土産の後を追いますかな」 「そうしておくれ。そろそろ店仕舞いして、この間父老から貰った良い酒があるから、あたしも家に帰ってテレビでも見ながら一杯やりたいんだからさ」 「夜通しこの洞窟の使用を受けつけているのではないのですか?」 「そんな事ないよ、冗談じゃない。あたしにだって生活ってものがあるんだからさ。今日は、他ならぬ亀の旦那がいらしたもんだから、態々こうして使用を受けつけたんだよ。違うヤツだったら、一昨日来やがれこの間抜け野郎とか、悪態ついて断ってたんだけどね」 「それは済まない事だったね、態々居残りさせて仕舞って」  亀屋技官が姐さんの言葉に寧ろ気分を害したように、無愛想な顔で云うのでありました。 「ああいえ、旦那、そんなつもりじゃないんですよ。亀の旦那のためだったら、あたしは朝までだってここにいますよ。何時も旦那には良くして貰っているんですから」  しこめ姐さんは愛想笑いながら、片手を軽く前にふって亀屋技官を叩く真似なんかをするのでありました。亀の旦那は、この集落全体の賓客扱いのようであります。 (続)


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