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エフェソの信徒への手紙 3章1~13節

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<この恵みは、聖なる者たちすべての中で最もつまらないものであるわたしに与えられました。わたしは、この恵みにより、キリストの計り知れない富について、異邦人に福音を告げ知らせており、(8節)> 10.11.12月の家庭礼拝歴の表紙はファン・ホントホルストの描く「羊飼いたちの礼拝」である。ベツレヘムの家畜小屋で一人の男の子が生まれたという天使のみ告げを受け、星に導かれるまま明かりのついた小屋に入って見た光景が描かれている。 彼らが燈火と思ったものは、赤子に注がれるともし火ではなく、男の子自体がまぶしく光る光源体となって、辺りを白く照らしている。神の独子を特定の色を超えて光り輝く白い存在として表現している。 3か月の子どもを抱いて息子(ノンクリスチャン)が、「馬小屋で生まれたイエスが、寒さに凍えることはなかったのか。」と皮肉交じりに尋ねたので「馬小屋だったから馬の体温で暖かかったのよ、金や銀の宝石の詰まったお蔵だったら凍えるけどね」と言い返した。我ながら上出来の答えだと思った。 昨日の祈祷会はハイデルベルグ信仰問答を学んだ。「信仰告白のすべてを信じているなら、それはあなたにとってどのような益になるか」という質問の答えは「キリストにあって私は神の前に義であり、永遠の命の相続者であります」であった。 それに続いて「どのようにして、あなたは神の前に義であるのか」という問いに「ただ、イエス・キリストを信じる真の信仰によってです。そしてこれは、たとい私の良心が私を責めて、私は神の戒めに逆らって甚だしく罪を犯し、その戒めのどの一つも守ったことがない、また、いまだにあらゆる悪に働いていると言い立てても、 神は一切私の功績なしで、純然たる恵みによって、キリストの完全な償いと義と聖を私に贈与して、それによって、私が罪など犯したことがないかのように、また、キリストが私のために果たして下さったあの服従のすべてを、私自身が成し遂げたもののように見なして下さるのです。これは、私がこのような恩恵を心から信じて、ただ受けることによるのです。」であった。 主イエスを信じ感謝しながら今日もまた、主を悲しませるような一日であった。それでも「このものは義なるものです」と主イエスは神様に執り成し続けて下さっている。


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