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第二章(九)

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              第二章(9)

「あれで終わったとは思えへん」
 部屋に戻った俺に叔母さんが言った。時計を見ると午前二時半だ。大本さんはこの辺りの時間が一番危険だと言った。霊力が強くなるらしい。肩を寄せ合うように部屋の真ん中で息を潜めていると、先ほどまでいたリビングから妙な音が聞こえ始めた。お互いに顔を見合わせたが、誰も感じている不安を口にすることが出来ない。あの音は昆虫の這い回る音としか思えないのだ。俺が扉を少し開けて覗くと、思った通りカマドウマがひしめき合っている。慌てて扉を閉めたが、その間に数匹が部屋の中に飛び込み、ドアに挟まれて潰れたしまったカマドウマもいる。叔母さんは俺の座っていた座布団で飛び込んだカマドウマを潰した。この様子では家の中はカマドウマだらけになっているのだろう。辛うじてこの部屋だけが無事だが、どこから入ってくるかわからない。俺は部屋の隅々を調べて、入り込む隙間のないことを確かめた。
「どうしよう、水も飲まれへんし、トイレも行かれへん」
 翔子が眠り込んだ子どもを抱きながら言った。
「トイレも水も我慢したらええ、朝になったら何とかなる」
 叔母さんは怒ったように言った。トイレや水は辛抱できても、まだこれから何が起こるか見当もつかない。
「地震や」
 叔母さんが天井を見上げるようにして言った。同じように天井を見上げると、照明器具が少し動いている。
「違う!」
 俺が叫ぶと叔母さんは不安そうに周囲を見廻した。お袋の顔は恐怖で泣きそうに見える。
きっと俺と同じように、実家から逃げるときのことを思い出したのだろう。座卓の上にある湯飲みがカタリと音を立てた。その振動は身体にも感じる。間違いない。俺に纏わり付いているという念が今ここに来ているに違いない。
「健二! ここに来た、ここに来たんや」
 お袋は叔母さんにしがみつき、叔母さんの顔も怯えている。隣の部屋から何かが落ちる音が聞こえた。僅かだが家全体が小さく揺れているような気がする。天井からは木材のきしむような音に、何かが弾けるような音が混じり始めた。
「何なの、変な音が聞こえる」
 翔子は天井を見上げると、大きな悲鳴を上げた。翔子の見上げた場所に目を向けると、そこから今にもムカデが落ちそうになっている。天井板の合わせ目から這い出してきたようだ。ムカデは座卓の上に落ちると、身体をくねらせながら俺に向かって這い出した。俺は部屋の隅に置いてある大きな灰皿でムカデを潰した。頭を潰さないと動きを止めることは出来ない。この部屋は完全に昆虫に取り囲まれている。毒を持っているのはムカデだけだが、少々噛まれても死に至るようなことはないはずだ。カマドウマは雑食性で噛みついてきそうだが、気味が悪いだけで実害はない。俺に纏わり付いているという念は、俺をここから追い出そうとしているに違いない。どんなに恐ろしい念だったとしても、生身の身体の俺が負けるはずがない。
「出てこい! 俺を狙ってるなら目の前に現れろ! カマドウマだろうがムカデだろうが、そんな虫ケラなんか全部ぶっ潰してやる。出てこい!」
 俺は四方に向かって怒鳴り散らした。お袋たちは肩をすくめて俺を見ている。時計を見ると午前三時だ。
 天井から電気がスパークスするような音が聞こえ始めた。


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