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第二章(七)

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                         第二章(七)

 叔母さんはリビングに毛布や布団を運び込み、それぞれ好きな場所に身体を横たえた。翔子は子どもを抱いて寝かしつけている。お袋と叔母さんは神経を尖らせているのがわかる。俺だって、どんな小さな音も聞き逃さないほど神経が昂ぶっている。時々カーテンの隙間から裏山を見るが、陽子はずっと立ったままでこちらを見ている。
 時計を見ると零時を少し過ぎた。祈祷師の大本さんの話では、昔から丑三つ時が霊体の力がピークになる時間らしい。今の時間だと午前二時から二時半位だと教えてくれた。大本さんは呪いの儀式にも詳しく、現代でも呪いをかけることを〈丑の刻参り〉と言うらしい。その時間は午前一時から三時頃だと言った。だからその時間帯は一番注意しなくてはいけないと話してくれた。それが正しければ、これからが一番注意しなくてはいけない。 眠気はあるが、目を閉じると陽子の姿が目に浮かび、恐ろしい妄想が頭を持ち上げてくる。その度に陽子の様子を確かめにカーテンの隙間から覗くことになるが、今のところ何の変化もない。このまま朝まで無事でいてくれるよう祈るしかない。朝になれば祈祷師の大本さんが来てくれるから、きっと救い出してくれるに違いない。それまでの辛抱だ。
 足元に広げた新聞紙に何かが落ちるような音がした。目を向けるとそこに大きなカマドウマが一匹いる。俺は驚いて跳ね起き、叔母さんから殺虫剤を受け取ると、少し離れて噴霧した。カマドウマは二度ジャンプするとあっけなく倒れ、長い足をぴくつかせて動きを止めた。俺は動かなくなったカマドウマが濡れて光るまで噴霧し続け、皆は何事かと殺虫剤の噴霧先を見つめている。
「もう一匹や、そこ、そこ!」
 叔母さんが部屋の隅を指さし、俺は慌ててカマドウマにノズルを向けた。
「こっちにもおる!」
 お袋が叫んだ。俺は部屋の周囲を注意深く探すと、床に壁面、カーテンにも三匹ほど見つけた。天井を見上げるともっと多く、数匹いる。
「カマドウマだらけや!」
 俺はむきになって殺虫剤を噴射し続けた。息苦しくなりカーテンと窓を全開にすると、目の前に陽子が現れ、心臓が止まりそうになった。陽子は薄気味悪い笑顔を見せて立っている。陽子のTシャツやジーンズにもカマドウマが取り付き、顔や手、髪の毛にもカマドウマが見えた。陽子はゆっくり右手を挙げ、窓から部屋の中に手を伸ばそうとした。その手には数匹のカマドウマが取り付き、ジャンプして部屋の中に飛び込んできた。
「陽子!」
 俺は名前を呼びながら一気に窓とカーテンを閉めた。窓の向こうから、陽子の含み笑いが聞こえてくる。
「お兄ちゃん、助けに来て、お兄ちゃん、助けに来て……」
 陽子が抑揚のない声で俺を呼んだ。あれは陽子の声じゃない、俺はそう言い聞かせて窓をロックした。叔母さんは慌てて裏口と玄関の鍵を閉め、全ての窓をロックして廻った。陽子が窓を叩く音が部屋に響く。


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