ミステリの中に、コージー・ミステリというジャンルがある。
軽いタッチで、素人探偵が活躍するものだ。
主に、女性向けの印象がある。
アガサ・クリスティの「ミス・マープル」シリーズは、この系譜といえるだろう。
wikipediaによると、
「イギリスで第二次世界大戦時に発祥した小説形式で、当時アメリカで流行していたハードボイルド形式の小説の反義語として用いられた。
ハードボイルドのニヒルでクールなイメージに対し、「地域社会が親密である」「居心地が良い」といった意味を持つ「コージー(cozy)」を使用し、日常的な場面でのミステリーであることを示す。
特徴としては
・探偵役が警察官、私立探偵などの職業的捜査官ではなく素人であること
・容疑者が極めて狭い範囲のコミュニティに属している
・暴力表現を極力排除していること
などがあげられる。」 とある。
ちなみに、最近見た英国のTVによれば、アガサ・クリスティが「ミス・マープル」を生み出したのは、
彼女が、自分の生み出したアルキュール・ポアロにへきえきして、大嫌いになってしまっていたからだという。
人気のシリーズ物ともなれば、嫌いでも書き続けなければならなくて、大変だったようだ。
その、コージー・ミステリの系譜に連なるといっていいのかわからないが、
(というのも、舞台は英国なのだが、著者は米国女性なので)
歴史物のコージー・ミステリが登場した。
スーザン・イーリア・マクニール著『チャーチル閣下の秘書』(創元推理文庫)
これは著者の小説としての処女作で、2012年に出版されてベストセラー入りし、エドガー賞の新人賞などの候補になったという。
主人公は、英国生まれの生粋の英国人なのだが、幼い頃に両親に死に別れ、
米国に住む叔母に引き取られて育ったという赤毛のマギー。
したがって、アメリカ人のようにしゃべる。
優秀なマギーは、マサチューセッツ工科大学MITの数学科に進学が決まっていたが、
英国の祖母が亡くなり、遺された屋敷を売って処分するために帰国することになった。
時は、1940年5月。第二次世界大戦のまっただ中である。
ヨーロッパでは(英国人は、ヨーロッパというと大陸を指し、自分たちはそうではないと思っている)、ナチスがポーランドやフランスに侵攻し、英国にもいつドイツ軍の空襲が始まるかという不安が広がっていた。
英国内でも、反戦を唱える世論と、徹底抗戦を唱える世論とがぶつかり、若者たちも喧々諤々の議論をしていた時代である。
だが、徹底抗戦を唱えるチャーチルが首相となり、英国は戦争に向かって大きく舵を切る。
当時の米国の駐英大使は、ジョセフ・ケネディ。新しい駐日大使、キャロライン・ケネディのお祖父さんだ。
ケネディ大使は、ナチスをなんとか懐柔しようと画策し、チャーチルとは真っ向対立する。
数学の得意なマギーはチャーチルの秘書官に応募し、不採用となるが、首相の戦時執務室の秘書として雇われる。
ダウニング街10番地という番地から「ナンバーテン」と呼ばれる首相官邸。
そこには若く優秀な男の秘書官たちが多く務め、活気にあふれていた。
一方、マギーは、祖母の大きな屋敷の維持費をねん出するため、5人の若い女の子たちとルームシェアを始める。
同じ米国人のページ。ロンドンの劇場でプリマドンナを目指すバレリーナのサラ。恋人が従軍することになった看護師のチャック。そして、バカっぽい双子のアナベルとクララベル。
このあたりは、いかにもコージーミステリらしいほほえましいシチュエーションである。
だが、もう一方で、アイルランドの英国からの独立を目指し、過激なテロに走っていたIRAのエージェントや、ドイツのスパイなどの動きが絡んでくると、コージーという雰囲気は一変する。
マギーは新聞広告を使ったスパイの暗号を読み取ったり、優秀な才能を発揮するのだが
やがて、母とともに自動車事故で亡くなったはずの父の消息が、明らかになる。
そこには国家規模の防諜作戦が絡み・・・。
というわけで、コージーというよりはぐっとシリアスな物語なのだった。
作者のマクニールも、マギーと同じウェルズリー大学を出て、MITなどでも単位をとったという才媛らしい。編集者として勤め、さまざまな雑誌編集に従事した経験が、ロンドンのバレー事情などの描写に行かされているようだ。
ちなみに彼女のホームページをクリックすると、暗号のような文字や数字が表れ、それが少しずつ言葉になっていく。
このマギー物はシリーズ化されて、続編があるらしいので、楽しみである。
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