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第二章(六)

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                    第二章(六)

 お袋は俺の手から携帯を受け取ると、大本さんの話も聞かずに、怖いから今すぐに助けに来て欲しいと頼んだ。電話口から聞こえる大本さんの声は冷静で、夜中に外に出ることが一番危険なこと、俺を絶対一人にしないこと、陽子のことは黙って見守るようにと注意した。すぐ駆けつけたいが、自分自身も夜中に動くことは危険なので、夜が明けたらすぐに出発すると付け加えて電話は切れた。
「陽子ちゃん、操り人形みたいやった」
 カーテンの隙間から外を見ていた叔母さんが言った。
「どうしたらええんや、陽子はどうなったんや」
 お袋はそう言って叔母さんの横から外を見た。
「叔母さんの言う通りや、陽子は誰かに操られてる」
 俺が言うと、お袋は食い入るように暗い外を見つめていたが、
「うちが連れ戻しに行く」
 と裏口へ行きかけた。
「妙子! 陽子ちゃんが見えた」
 と叔母さんが呼び止めた。カーテンの隙間から覗くと、確かに陽子が裏山のなだらかな斜面に立ってこちらを見つめている。お袋は慌てて戻ると、俺を押しのけて隙間から覗いた。
「陽子! 陽子!」
 お袋は窓を開けて大声で呼んだ。暗くて表情はよく見えないが、真っ直ぐ俺たちを見つめているように思える。俺も大声で呼んだが、聞こえているようには思えない。ただ黙って立っているようだ。
「俺が行く」
 そう言って裏口へ歩き始めると、今度はお袋が俺の服を掴んで引き留めた。
「健二は外に出たらあかん」
「陽子をあのままにしとくのか」
 俺が言うと、お袋は自分が行くと言ってもう一度裏口に向かった。
「妙子、あんたも行ったらあかん。誰も出たらあかんのや。陽子ちゃんは大丈夫や、死んだりせえへん」
 叔母さんはお袋を引き止めて言った。
「そやけど、陽子が……」
 お袋が泣きそうな声で言った。
「外に出たら思う壺や、陽子ちゃんは操られて健二を誘うとるんや。祈祷師さんの言う通りにするしかないんや」
 叔母さんはそう言ってカーテンの隙間を閉めた。リビングは重苦しい空気に包まれ、翔子は俯いて子どもを膝の上で寝かせている。
「陽子がかわいそうや、裏山に一人でかわいそうや」
 お袋が泣き始めた。
「狙われてるのは健二だけや。陽子ちゃんは霊感が強いから利用されてるだけで、命を取られることはないと思う。そやから、うちらは健二と一緒に家の中で辛抱するしかないんや」
 叔母さんがお袋の肩を抱きながら言うと、お袋は涙を拭きながら頷いた。俺は今すぐにでも裏山へ駆けて行き、陽子を無理矢理にでも連れ戻したい。だけど、叔母さんの言うように俺が狙われていることは間違いないし、相手にどんな力があるのかわからない。俺を誘い出そうとしているのなら、家の中は取り敢えず安全なのだろう。四方に施された盛り塩とお札に何かの効果があるのかも知れない。


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