単行本です。 第16回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。 あらすじが、どこにも見当たらないので、いつものような引用ができません。 題材として扱われているのは、介護問題。 冒頭、裁判シーンで幕を開けるのですが、13ページで 「全ては〈彼〉の思惑通りだ。人を殺すだけじゃない。犯行が発覚することも、そして法廷で裁かれることも、更には死刑になることすらも。」 とあって、ある意味読者に挑戦状をたたきつけるようなオープニングです。 本書のトリックというか、仕掛けが、この手の挑戦にふさわしい難度を備えているか、というと、結果的にはNOです。非常に簡単。この仕掛けで、真犯人(?)を見抜けなくなる人はそんなにいないと思います。 43人もの人間を殺害するような事件とは? と考えれば、犯人に至るヒントとしては十分大きいですし、〈彼〉のモノローグから動機にも見当がつきます。 しかしそのことで、この作品の価値が大きく損なわれるか、というとそうではありません。 昔懐かしい社会派のバリエーションとして、謎が見透かされやすい点は欠点とは言えないのではないでしょうか。 謎解きよりも、〈彼〉の行動を予見しながら読み進める中、次々と、介護問題をはじめとする今の日本が抱える問題点を明らかにしていくところに、読みどころがあるように思いました。 では、ミステリとしてはおもしろくないのか? と聞かれると、十分におもしろい、と回答したいです。 というのは、犯人を追いつめていく道筋が、きわめて新しく感じるからです。こういう形で犯罪に迫っていくミステリ、読んだことがないように思います。非常に合理的な考え方ですし、確かに、犯罪があぶりだされていく筈です。そしてそのことは、早い段階から読者に明らかになっている事実を利用して究明していくのですから、満足感大です。 社会派的なアプローチは、好みとしてはウェイトが低いのですが、ミステリとしても新しさが感じられて、楽しく読み終わりました。--テーマがテーマなので、重苦しい読後感ではありますが。 ぜひ続けてミステリに取り組んでほしい作家の誕生だと強く感じました。
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