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第九百六十八話 ぼくのヒーロー

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「なぁにやってんだ。そんなことだからいつまで経っても犯人前なんだよう! 馬鹿野郎」

 また課長に怒鳴りつけられた。ほんとうは課長のミスなのに、またぼくのせいにされてしまった。だけどお姫さま育ちの母の血を引くぼくは怒らない。罵倒されても辱められても殴られても、昔っからぼくは怒りを感じない性質なのだ。いや、正確にいうとぼぅっとし過ぎていて、その時点では怒れないのだ。家に帰ってゆっくり考えてみたら、あれ? やっぱりこれっておかしいんじゃないの? 間違ってるよねー、とか気がついて、それから腹が立ってくる。要するにいわゆる昔でいう蛍光灯みたいな性格なのだ。

 だけど十年ほど前、二十歳になったばかりの頃だけど、こんな自分の性格が厭だなぁと思いだして、罵倒されたり、厭なことをされたら、その場ですぐに怒りを表現する人間になりたい、と考えるようになった。けれども性格なんてそう簡単に変われるものではなく、やっぱりぼくは怒れないままだったんだけれども。

 ぼくの性格はかわらないけれども、その代わりにぼくをサポートする人物が現れるようになったのは三年ほど前からだ。たぶん、そいつは少しづつ成長していたんだと思う。ある日気がついたら、ぼくの目の前で人が倒れていた。なにが起きたんだろうと驚いた。倒れているそいつはその直前、ぼくに向かって馬鹿野郎と叫んだ人間なのだった。こんなことがはじめて起きたときにはまったくわからなかったのだが、二回目からは薄々見えてきた。そいつがやって来る時、ぼくの意識は飛んでしまうし、そのために記憶もあいまいになるのだが、回を重ねる度に、そいつがなにをしているのかをしっかりと確認できるようになった。慣れというものなのだろう。

 道を歩いていて、見知らぬ誰かがぼくにぶつかってそのまま知らぬ顔をsて去っていこうとする。いつものぼくは怒りもせずに通り過ぎるのだが、そいつはぼくの後ろからすっと現れてぶつかった奴に向かって叫ぶ。

「おい! 謝れ!」

 ぶつかった奴がそれでも知らん顔をして去ろうとすると、そいつは追いかけていって罵倒しながら殴りつける。相手が謝るか気絶するまで。ぼくは気がついた。そいつはぼくの代わりに怒りを発動してくれるのだ。ぼくに代わって厭な奴を懲らしめてくれる、いわばぼくにとってのヒーローなのだ。

 それからはことあるごとにそいつ、ヒーローが現れて・・・・・・そいつのことをヒロと呼ぶようになった・・・・・・ぼくに悪さをした相手をやっつけてくれる。もはや今ではそれが当たり前になった。

 というわけで、今回も課長に馬鹿野郎と言われた瞬間、ぼく自身は何とも思っていないのに、ヒロが突然現れた。

「おい! アホ課長。てめえが悪いんじゃねえかよ!」

 言うなりヒロの手が出て課長を殴りつけた。会社でヒロが現れたのははじめてだったので、周りはみんな驚いていた。課長自身は気絶してしまったので、驚いたのかどうかはわからないが。

「お、おまえ、急にどうした? おまえってそんな奴だたか?」

 驚いている驚いている。ヒロ、みんなびっくりしてるよ。

 --そりゃぁそうだろう。みんなはあんたがやったと思ってるからなぁ。俺の存在など知らないわけだし。

 そうだよなー。まさかぼくの中にヒロがいるなんて、わからないよね。

 --ああ、すっきりした。前からこいつ、殴りたかったし。

 ありがとう。

 それからぼくは皆から一目置かれるようになった・・・・・・というか、もしかしたら少し恐れられるようになった。あいつは怒ったら人間が豹変するぞ、気をつけろ。そんな噂も広がりはじめた。ぼくじゃないのに、やってるのはヒロなのにね。

                                              了



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