佑太たちが案内されたのは、何の変哲もない部屋だった。 真ん中にテーブルが四台据えられ、その周りに丸椅子が十数脚、事件直後のまま無造作に置かれていた。
フロアの端の方に死体輪郭線が、二つ見える。 まだ何人かの捜査員がその辺りを調べていた。 佑太は、死体の倒れていた場所から部屋の壁に向かってゆっくりと歩いた。 そして、突き当たった壁を背に、しばらく部屋を俯瞰するように眺めていたが、しだいに意識を集中していった。
〈さあ、見えてこい、地縛記憶!〉
佑太は心の内で叫んだ。
視界から毛利と唐沢、床を調べる捜査員たちの姿が消え、舞台衣装姿の十数人の人間が見えた。 皆、頭巾をはずし、寛いだ顔つきである。
死体輪郭線が描かれていた辺りには、笑いながら何事か話す男女二人の姿がある。 男は三十前後、目つきは鋭く精悍な顔立ちで、左目の脇にほくろが一つあった。 女は二十代半ばか、髪は後ろで束ね、唇は薄く顎は尖り、きつい顔つきだが美形だった。
二人は、それぞれ手に茶碗を持っている。 男が、ひと口、二口と茶を飲んだ。 が、何も起らない。
その時、窓際のドアが開き、若い女が顔を出した。 女は、髪は赤く染め、顔にニキビのあとが目立つ。
女は二人に近づいた。
「お二人に面会の方が来てはります。 どないしはります?……『正面橋で拝見しました』 と伝えれば分ると、言わはりましたが。 真っ黒のサングラスかけて、赤いかつら被りはって、化粧はひどう濃い、妊婦服みたいなんを着て、なんや、けったいな雰囲気のお方ですが……」
それを聞いた二人は、一瞬、険しい表情を見せたが、覚悟を決めたように立ち上がると、若い女について部屋から出ていった。
〈二人に、女の面会人があったのか?〉
佑太が、視線を二人が消えたドアの向こうに送ろうかと思った矢先、そのドアが開いた。
〈もう戻ったのか?〉
だが、入って来たのは、忍者装束姿の男だった。 男は、部屋で寛ぐスタッフとは違って、頭巾を被ったままで、人相が分からない。 男はゆっくりと歩き、先程まで二人の男女が座っていた椅子に近づいた。
〈この男、誰だ、内部の人間か?〉
男は、佑太の眼の前で、テーブルに置かれた飲みかけの茶碗のひとつを取ると膝の間に挟んだ。 緊張のためか、黒眼がちの目が瞬いている。 懐から何かを取り出したが、手の中に隠れて見えなかった。 男は拳を茶碗の上に被せたように見えたが、よく見ると拳の先から何か覗いている。
〈あれは……注射器だ!〉
注射器の先から、液体が、数滴落ちた。 それを、確認すると、男は茶碗をテーブルに戻し、別な茶碗を手に取った。
〈これにもか?〉
男は、先程と同じように、注射器から液体を数滴茶碗に入れると、すばやくテーブルに戻した。
〈あの液体が、毒物だな〉
事が済んだのか、男は何食わぬ顔で立ち上がると、落ち着いた動きで入って来たドアから出ていった。
〈誰も、気づかなかったのか?〉
佑太は、周囲のスタッフの動きを眺めた。 そこには十数人の人間がいたが、男のあやしい行動に誰も気付いていないようである。
〈人の注意力とは……こんなものか!〉
男が消えてまもなく、先程の男女が戻ってきた。
続く
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