江戸時代の戯作者山東京伝の傑作読本を『善知安方忠義伝』と『梅之与四兵衛物語 梅花氷裂』を歌川豊国の挿絵つきで詰め合わせた大変濃い1冊です。2作も収録できるの!?と思ったら両方とも前編のみで未完、というとんでもない罠が待ち受けていましたよ。やれやれ。
『善知安方忠義伝』は東北を舞台に、平将門の遺児たちの陰謀と忠臣善知安方の受難を軸にした、歴史小説の趣ある力作です。歌川国芳の「相馬の古内裏」の元ネタになったシーンも出てきます。将門伝説と謡曲「善知鳥」を題材に色んなところから元ネタを引っ張ってきて構成されているので、あまり歴史的事実に即しているとは思わない方が良さそうです…と言いますか、中国から来た妖術師や廃墟に出没するばけものがいる時点で、もう思いっきり伝奇小説なんですけれども。
『梅花氷裂』は実話を元にした浄瑠璃と中国の小説から持ってきた創作だそうで、ある夫婦を襲う悲劇を中国から持ち帰った金魚に端を発する因果と絡めて語る復讐譚です。江戸時代の怪談に良く出てくるどうしようもなく非道な悪人が印象的ですが、それ以上に金魚の呪いで醜い姿に変わった女性の挿絵が強烈すぎて忘れられません。
主要人物の関係者が次から次へと舞台に登場し、それぞれに目的を持ってさすらい、めぐり逢っては事件が起こり、しかも場面がめまぐるしく変わるのでついていくのはなかなか大変です。この辺のジェットコースター的な味わいは『大菩薩峠』や『神州纐纈城』を思い出すのでわたくしとしましては大好きです。
京伝は以前現代語訳で読んだことしかなく、本書は常用漢字+「。」を句読点に改めたくらいで注釈も見当たらないのでやや不安だったですが、驚くほどスムーズに楽しく読めました。個人的には山田美妙の方がよっぽど辛いです。
ただ「主人公たちが復讐を決意したところへちょうど彼らを探していた忠臣が登場」とか「たまたま刀を突き刺した笈の中に人が」とか、それはちょっと無理があるのじゃないかと突っ込みたくなる偶然がちょこちょこ起きるのだけは現代の感覚に合わないかもしれません。
山東京伝集 (叢書江戸文庫)
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