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HHhH -プラハ、1942年-

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ど~も。ヴィトゲンシュタインです。 ローラン・ビネ著の「HHhH」を読破しました。 今年の6月に出た393ページの本書をご存知でしょうか? 「HHhH」ってなんのこっちゃ・・、というか、何と読めば良いんだい・・というタイトルですが、 副題の(プラハ、1942年) がヒントです。 チェコの首都で1942年に起きたこと・・それはハイドリヒ暗殺ですね。 以前に「暁の七人」というこの事件を追った本を紹介していますが、本書もテーマは同じ。 ただ、一風変わった「小説」スタイルだということで、興味津々で読んでみました。 HHhH.jpg 昔の父との会話を思い出す本書の主人公の「僕」。 父の書斎で見つけたジャック・ドラリュの「ゲシュタポ・狂気の歴史」を数ページ読んだところで ヒムラーや右腕のハイドリヒ、それからチェコスロヴァキアの特別攻撃隊のことを説明する父。 そして1996年にフランス語教師としてスロヴァキアにやってくると、 このハイドリヒの襲撃事件について徹底的にのめり込んでいくことに・・。 インターネットでヴァンゼー会議を再現した映画、「謀議」を発見し、さっそく注文。 ケネス・ブラナー演じるハイドリヒの演技も「見事なものだ」という感想です。 他にも「チャップリンの独裁者」に、「死刑執行人もまた死す」、「戦場のピアニスト」、 「ヒトラー 最期の12日間」、「ヒトラーの贋札」、「ブラックブック」と次々と鑑賞し、 アパートの書斎は第2次大戦に関する本で溢れかえるのでした。 最初の23ページはこんな感じで進みますが、「ゲシュタポ・狂気の歴史」とか、「謀議」とか、 ヴィトゲンシュタインが独破戦線で読んだり、観たり、感想書いたりしたことを彷彿とさせます。 CONSPIRACY  Kenneth Branagh_Heydrich_2001.jpg こうしてハイドリヒの襲撃事件をテーマにした小説を書くこととなり、それがそのまま話の展開。 金髪のかわいい少年ハイドリヒは甲高いしゃがれ声のため、最初のあだ名は「山羊」。。 1922年にキールの士官学校へと進んで、巡洋艦「ベルリン」では副艦長のカナリスと出会い、 ドイツ帝国海軍の颯爽たる士官にして、ヴァイオリンとフェンシングの名手Reinhard Heydrich.jpg このようなハイドリヒの生い立ちからも著者の知識で紹介していきますが、 うら若き18歳のリナ・フォン・オステン(リナ・ハイドリヒ)との出会いになると、 この時のハイドリヒの連れの士官がフォン・マンシュタインという名ということで、 「最初、あのフォン・マンシュタインと同一人物かと思った」と驚いています。 いやいやヴィトゲンシュタインも「デーニッツと「灰色狼」」で Uボート艦長のフォン・マンシュタインで同じ経験をしています。 著者は「甥か、一族の誰かでは??」と推測していますが、 ひょっとすると、この海軍士官とUボート艦長は同一人物のような気もします。 彼女の回想録は英語版もフランス語版が出ていないことから、 著者は購入を見送っていますが、う~ん、確かに読んでみたいですね。 この気持ち、よ~~くわかります。。 Lina Heydrich_Leben mit einem Kriegsverbrecher.jpg そしてヒトラーが美術学校で不合格となり、浮浪者となったのと同じように、 将来を嘱望された海軍中尉のハイドリヒも性懲りもない女好きが災いして、 レーダー提督の友人の娘を手籠めにした廉で不名誉除隊となって、失業者に・・。 もし、あの時、ヒトラーが合格していたら歴史は変わっていただろうと云われるのと同様に、 もし、1931年にハイドリヒの一夜の遊び相手がいなければ、 すべてがまったく違っていただろう・・と、著者は語ります。 過激な反ユダヤ主義者のリナの頑張りで、日増しに評判の高くなる「SS」のヒムラーと面会。 SD(保安部)を立ち上げて評判をとるハイドリヒですが、 古株のナチ党員であるグレゴール・シュトラッサーが ハイドリヒの父親のユダヤ人疑惑を持ち出し、 慌てたヒムラーは党から追放するべきでは・・とヒトラーに相談。 しかし、ハイドリヒと直接話し合ったヒトラーは、ヒムラーに説明します。 「あの男はとてつもなく才能があり、とてつもなく危険だ。 彼の仕事なしで、何事かやれると思ったら馬鹿を見るぞ」。 Himmler, Wolff, Hitler & Heydrich.jpg 1934年の「長いナイフの夜」事件。 遂に総統が折れ、心待ちにしていたSA幕僚長のレームの処刑命令が届きます。 ヒムラーの直属の上司であるレームとSA指導部を壊滅させることによって、 SSをヒトラーに直属する自立的な組織へと改編することを目指す30歳のSS中将。 レームが長男の名付け親であることなんてお構いなし、 ついでにユダヤ人の息子疑惑をかけたグレゴール・シュトラッサーも処刑するのでした。 heydrich.jpg 1937年のトハチェフスキー事件の関与、1938年のフリッチュ事件とエピソードは続きます。 それでもハイドリヒが関わった陰謀を全て語っていたらキリがないと、 信憑性に欠けるとか、同じ話なのにいくつものヴァージョンがあるとか・・と、まったくですねぇ。 しかし119ものシナゴーグが放火され、2万人のユダヤ人が逮捕された「水晶の夜」事件では こんなエピソードが・・。 36人のユダヤ人死者と同数の重傷者が報告されますが、強姦事件の報告も届きます。 この場合はニュルンベルク人種法で定められた扱いが必要であり、 ユダヤ人女性を強姦した犯人は逮捕され、党から除名されたうえで裁判。 一方、殺人を犯した者は起訴もされません。。う~ん。これぞナチス・・。 「サロン・キティ」のネタも豊富です。 頻繁な売春宿通いでならす、ハイドリヒの自分のための娼館実現に 信頼のおける部下たちが駆り出されます。 シェレンベルクはベルリン郊外に一戸建ての家を見つけ、 社交界での経験が長いクリポ長官のネーベが娼婦の採用を担当、 そしてナウヨックスが屋内設備担当で、各部屋に隠しマイクとカメラを設置・・。 salon-kitty 1976.jpg そんな女好きの国家保安本部(RSHA)の長は、空軍予備役大尉でもあり、 戦争が始まると、正真正銘のチュートン騎士団の騎士として戦わなければ・・ということで、 Bf-109に乗り込んでノルウェー戦に挑むものの、離陸の際の不手際により腕を骨折。。 バルバロッサ作戦が始まると、撤退するソ連兵を機銃掃射でなぎ倒し、 部下に腕前を見せようと、ヤク戦闘機の追尾にかかります。 しかし敵機によって敵高射砲陣地におびき寄せられていたことを悟った時、すでに遅し。。 ナチの諜報機関の責任者が「あちら側」で撃墜されたことを知ったヒムラーはパニックです。 2日後、無事パトロール隊に発見されたハイドリヒ。 救出したのは45人のユダヤ人と30人の人質を粛清したばかり彼自身の部下たち。 その名は「アインザッツグルッペD」なのでした。 Aircrew-Luftwaffe-pilot-SS-Obergruppenfuhrer-Reinhard-Heydrich.jpg 7月にはゲーリングから「ユダヤ人問題の最終的解決」の全権委任を受け取り、 9月にはこの時点でSS全国指導者に次ぐ、2番目の階級であるSS大将に昇格し、 ノイラートに代わって、ボヘミア・モラヴィア(ベーメン・メーレン)保護領総督代理に任命されます。 reinhard-heydrich-karl-hermann-frank-prague.jpg ロンドンのチェコ亡命政府のベネシュ大統領。 ハイドリヒが統治するようになってからチェコ国内の非合法活動はゲシュタポによって 次々に摘発され、すっかり骨抜きの状態に・・。 フランスではレジスタンスが活発に活動しているだけに、ここで一発、 連合国にチェコを侮ってはならないことを証明しつつ、 国内の愛国心を刺激するミッションが必要・・。 こうしてハイドリヒ暗殺の「類人猿作戦(エンスラポイド作戦)」がロンドンで始動します。 英特殊作戦部(SOE)から特殊訓練を受けるヨーゼフ・ガブツィクと ヤン・クビシュの2人の軍曹が中心。 Jan Kubis and Joseph Gabcik.jpg ハイドリヒが支配するチェコ(ボヘミア・モラヴィア)にも大統領がいます。 それはナチス傀儡政権のハーハ大統領。 大統領とはいっても所詮、副総督ハイドリヒの操り人形に過ぎません。 ここではチェコの国宝とも云われる「聖ヴァーツラフの宝冠」見学にまつわるエピソードが・・。 宝冠には、それを頭上に載せた簒奪者には1年以内に死が訪れるという伝説があり、 ハイドリヒが罰当たりなことに、この宝冠をかぶったことで死んだのだ・・というヤツです。 マニアックな著者が調べた結果、確かな証拠はないようですね。 hacha-heydrich-Czech Crown of Saint Wenceslas.jpg それから、軍需相のシュペーアがチェコ人労働者供給のためにプラハを訪れた話も・・。 クラシックが好きな者同士、オペラ座を見学するなど、観光案内をするハイドリヒ。 しかしシュペーアは「教養のあるケダモノ」としか見ておらず、 一方、ハイドリヒも「マニキュアをした気取り屋の民間人」としか見ていません。 は~、いま気が付きましたが、2人は同年代。ハイドリヒが1歳上なんですね。 heydrich_a_speer_v_praze.jpg まるでおとぎ話に出てくるような街で「私はお姫様」と浮かれるのは、奥さんのリナです。 ゲッベルス家、シュペーア家との親交も深め、ナチ上流社会の仲間入り。 総統も2人の姿を見て、「素晴らしいカップルだ!」と喜んでいます。 そんな反面、郊外のユダヤ人から没収した豪邸の整備にご熱心。 収容所の労働力を活用して、乗馬服に鞭という姿で作業を監視。 常に恐怖とサディズム、エロティシズムを漂わせていたとか・・。 heydrich und Lina.jpg 1941年12月の暮れ、ガブツィクとクビシュは死地へと飛び立つ前に遺書をしたためます。 自分が死んだら英国での下宿先の2人の娘、ローナとエドナのエリソン姉妹に それぞれ知らせて欲しいと書き残し、軍人手帳には写真も挟まっています。 Lorna (left) and Edna Ellison, friends of Josef Gabčík and Jan Kubiš.jpg こうしてハリファックスの巨体からパラシュートで飛び出したガブツィクとクビシュですが、 1960年に書かれたアラン・バージェスの「暁の七人」の内容にも触れながら進んでいきます。 すると突然、ハイドリヒを題材にしたフィクションTV映画、「ファーザーランド」が紹介されたり・・。 「主役はルトガー・ハウアーが演じている。『ブレードランナー』のレプリカント役で 一躍スターダムにのし上がったオランダ出身の俳優だ」と書かれていますが、 ヴィトゲンシュタインも3年前にそんな風に書いてました。 この映画、いまだに観ていないのが悔しいですが・・。 fatherland-1994.jpg ハイドリヒ暗殺の計画を練るガブツィクとクビシュですが、なかなかチャンスは訪れません。 1942年4月20日の総統誕生日。チェコ国民を代表して贈り物をするハーハ大統領。 それは医療専用列車であり、プラハ駅での贈呈式にはハイドリヒが視察に訪れます。 しかし1回限り催しでは暗殺の予行演習にすらなりません。 Emil Hácha_Reinhard Heydrich.jpg ウクライナの「バービイ・ヤール」で極めて熱心に任務を遂行しすぎて 正気を失おうとしていたゾンダーコマンド4aを率いるブローベルSS大佐の話になると、 「慈しみの女神たち」を書いた同じフランス人の若手作家であるジョナサン・リテルが 「ブローベルがオペルに乗っていたことをどうやって知ったのか」と気にします。 「リテルの資料集めがボクのを上回っていることは認める。 でも、ありうるということと、まぎれもない事実であることは違う。 みんな何が問題なのかわかっていない」。 本書は"徹底的に事実に即した小説を書く偏執的な作家の小説"であり、 著者の言う「問題」とは、戦史マニアや戦車マニア、 いわゆる"セッチャン"ならわかるでしょう。 あそこで戦った戦闘団の戦力は? Ⅳ号戦車は何型が何両稼働していたのか? という「問題」と同じですね。 遂にハイドリヒの乗ったメルセデスを襲撃する2人。 傷を負ったハイドリヒは病院へと運ばれ、チェコ人の医師が診察。続いてドイツ人医師が・・。 病院の廊下にはSS隊員が溢れ、窓はペンキで塗りつぶされ、重機関銃が据えられます。 入院患者は追い出されて、カール・ヘルマン・フランクを初めとする要人も集まってきます。 「ベルリンの外科医に執刀してもらいたい!」というハイドリヒですが、一刻も早い処置が・・。 heydrich-karl-hermann-frank.jpg 報告を受けたヒトラーは怒り狂ってヒムラーに喰ってかかります。 「するとなんだ。チェコ人はハイドリヒを嫌っているということなのか? ならばもっとひどい奴を見つけてやろうじゃないか!」 そう言ってみたものの、「金髪の野獣」よりも恐ろしい人間を見つけるのは至難の業。。 そこでちょうど医療上の理由でプラハに来ていたクルト・ダリューゲが後釜に選ばれます。 数日後、ハイドリヒは傷口からの感染により死亡。 Kurt Daluege Karl Hermann Frank stahlhelm German helmey M35 in wear.jpg 報復として「リディツェ村」が選ばれて、96戸の住宅の住民のうち15歳以上の男性は全員射殺。 女性はラーヴェンスブリュック強制収容所送り、子供はドイツ人家庭の養子となる少数を除いて ヘウムノで毒ガスによって殺され、村は瓦礫となった後、ブルドーザーで痕跡すらなくなります。 lidice movie.jpg DVDの出ていないティモシー・ボトムズ主演の1975年の映画「暁の7人」は 3年位前にTVで観ましたが、上下の写真のように 2011年には「Opération Lidice」という日本未公開映画が製作されていました。 ハイドリヒは笑っちゃうほど似ていますが、ちょっと爺むさいですねぇ。。 38歳には見えないなぁ。 Opération Lidice (2011).jpg 最終的に裏切りによってプラハの正教会に追い詰められたガブツィクとクビシュたち。 古参の警視バンヴィッツが指揮する警官、SS隊員の突撃に応戦するも、 ガス攻め、水攻めに遭い、やがて力尽きるのでした。 operation-anthropoid.jpg 「HHhH」とはHimmlers Hirn heiβt Heydrich(ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる) の略語で、訳者あとがきによると、「エイチ・エイチ・エイチ・エイチ」と英語読みでも、 「アッシュ・アッシュ・アッシュ・アッシュ」とフランス語読みでも、 「ハー・ハー・ハー・ハー」とドイツ語読みでも、読者のお好みでど~ぞ・・ということです。 それにしてもこの日本語版の表紙はちょっと、どうなんでしょうねぇ・・? 個人的にはこのセンスは理解できません。 各国の表紙を見てみましたが、まぁ、やっぱりハイドリヒ・・というか、 タイトルからも表紙からも何の本か想像つかないってのは、残念な気がします。 HHhH_2.jpg HHhH_3.jpg フランス人の新人作家による原著は2009年の発刊で、いくつかの賞を受賞したそうです。 「小説を書く小説」というユニークな一冊ですが、 戦争小説などを書かれている方なら、特に興味深く読むことができるでしょう。 またアラン・バージェスの「暁の七人」は古書でも6500円と高値が付いていますから、 ハイドリヒ暗殺について詳しく知りたい方にはモッテコイでしょう。 そしてハイドリヒにまつわる数々のエピソードは、彼に興味のある方なら必ず読むべきです。

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