昨日の『女子の遺伝子』とは正反対。
つまり、女の人もどんどんうってでていいし、男の人が育児に向いていないわけではないから協力していくのがよいとしている。
結論から書くと私たちの世代では子供のときから言われてきたこと、そして社会に出て「あれ、現実は違うじゃん」と愕然とすることと同じにみえるが、ほかの生き方も否定していないことが大事なポイントなのだろう。
<内容>
「キャリアは梯子ではなくジャングルジム(=上り一直線ではなく、横にも下にも迂回できる)
「時間だけでなく罪悪感にもマネジメントは必要」
あたりは励まされる人も多いはず。
「辞めなければならないときまで辞めないで」も、まだいない子供のためにセーブしないでという趣旨だ。
『女子の遺伝子』では出産適齢年齢では重い責任を負うべきでない話をしていたけれど、個人的には、周囲を見ていると責任の重さより、規則正しい食事と生活(遅いことではなく不規則さがダメージ)や楽天的な気分を維持できるかが大きいような気がしている。
<著者>
たとえ、女性の生き方にフォーカスした内容でなくても、「お前に何がわかる」と言われてしまいそうなほどの経歴・環境だ。
でも、年俸の交渉の仕方など勉強になるし、謝辞のところを見ると、小さいころの友達との友情が現在進行形で続いていて義弟義妹ともうまくやっていっているし、同性の秘書も会社を移るときについてきてくれていることがわかる。
「なるほど、こういう人が出世するのね」と納得がいく。
逆に、働いている人であれ主婦であれ、有能でない人も周囲にいなそうだ。
興味深かったのは、「メンターだって、成長しそうな人しかメンティーにしない」という話。
アメリカでは(若い人には)メンター確保がここまで必須という意識なのか。
「誰かに要望をもつなら相手に沿って」という趣旨の一環なのだろうが、面白かった。
<感想>
結局、こういう話は個人差を考慮してということになるけれど、環境や受けた教育に思い込まされることなく、それが本当に自分の意志なのか、そうであっても見合う体力・体質かというのをいかに把握できるかというのが一番の問題なのだろうなと思った。
『女子の遺伝子』と合わせて、いろいろ考えるところがあった。
まだ胸の内。