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もうじやのたわむれ 318

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「ははあ成程。この船の至れり尽くせりの設備は、そう云う意味もあるのですね」 「そう云う事です。しかし亡者様の中には、初めはこうして豪華な歓待ぶりを示しておきながら、後で俄かに態度を豹変させて、いきなり酷薄極まりない仕打ちに我々が転じるのではないかとお疑いの向きも偶にあります。そんな事は決してないのですがね」 「これまでの私の経験から、閻魔大王官や補佐官さん、それにこちらの護衛のお二人、いやお二鬼さん、こちらで最初に親しく言葉を交わした審問官や記録管さん、その他私が接した多くの方々の誠意と云うものは、疑う余地が全くないと云う事を重々理解しております。娑婆っ気の未だに抜けない一人、いや一亡者として、そう云う娑婆風の猜疑心ばかりで身を固めた狭量の亡者になり代わりまして、ここで慙愧の念を表させていただきます」  拙生は稽首せん程に深いお辞儀をするのでありました。 「いやいや、どうぞお顔をお上げください。貴方様がそうされますと返って困ります」  補佐官筆頭がたじろいで、お辞儀した拙生の肩の前に掌をおろおろと翳して、拙生の顔を上げさせようとするのでありました。 「ところで、巻物を広げていらっしゃるところを見ると、補佐官さんの趣味でいらっしゃる俳句を捻っておいでだったのですかね?」  拙生はあっさり頭を起こして、先程の質問に戻るのでありました。 「ええ、これは短歌ですけどね。準娑婆省の関係機関への連絡とか、持参した書類の点検なんかもほぼ終わりましたので、船旅の無聊を慰めると云うところで、先程ちらと閃いた語句なんぞもありまして、こうしてカバンから巻物を引っ張り出したと云う次第です」  補佐官筆答は万年筆のキャップの頭で自分の額を軽く叩きながら云うのでありました。 「船上で捻る短歌ですから、船底をガリガリ齧る春の鮫、みたいな上の句でしょうか?」 「それは春風亭柳昇さんと云う、娑婆の落語家の方が得意にしていた『雑俳』と云う噺の中に出てくる句で、前の準娑婆省出張時に、大酒呑太郎さんにおちょくられて、まるで自分の創作のようなつもりで私が吐いた句ですから、そんなものは吐くわけがありません」  補佐官筆答は眉根に皺を寄せて云うのでありました。 「いやまあ、船旅の歌というので、そんな感じのヤツかと思いましてね」 「もうちっと爽快感のある歌ですよ、考えついたのは」 「爽快感、ですか。一つご披露願えれば嬉しいですなあ」 「そうですか? そうですねえ。・・・」  拙生がそう促すと補佐官筆答は少し躊躇う様子を見せながらも、発表も満更吝かでないと云った気持ちが満々の無表情をして、巻物に視線を落とすのでありました。 「ええと、こう云う短歌なのですがね。・・・」 「ああ成程、そう云う短歌ですか」 「いや未だ詠み上げておりません」  補佐官筆答は手の甲で拙生の胸元を軽く叩いて、拙生の仕様もないボケにツッコミを入れるのでありました。「ええと、・・・瀬をはやみ、と先ずこうきましてね、・・・」 「ほう、瀬をはやみ、・・・ですか。ふんふん」 (続)


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