「首を切断された猫?……その三匹の猫は、殺されて間もないようでしたか?」 それまで静かだった杏子が、唐突に訊いた。 「えっ、ええ、殺されたばかりのように見えましたが……何か事件と関わりがあると思われるのですか?」 毛利は、少しとまどいを見せながら、訊き返した。 「いえ、昔、猫を殺して、怨霊を呼び出す術を使う、異端の陰陽師がいたことを、ある書物で読んだことがありましたので……もし、事件当日に猫が殺されていたのなら、怨霊がからむ今度の事件と関係があるような気がしたもので、それで」 杏子は、彼女の実家、安田家に所蔵される古文書の中の一節を思い出していたのである。 「猫を三匹殺して、怨霊を出して、人殺し、ですか……そんなことまでして、人殺しをやる奴だとすると、精神を病んだ変質者ってことになりませんか?」 毛利は懐疑的に言った。 彼は、怨霊やオカルト的なものには興味がなく、信用もしていなかった。 「そうですね……」 杏子は、それ以上、言葉を続けなかった。 しかし、杏子の話が、佑太を地縛記憶を探ってみる気にさせていた。 佑太は、静かに、五条大橋の方に向きを変えた。そして、三人の武者が立っていたという辺りを凝視した。 〈見えて来い、地縛記憶!〉 佑太は念じた。 すると、彼の視界は徐々に白く濁り始めた。 まもなく、遠くに見えていた五条大橋が消え、鴨川沿いに立ち並ぶ建物の輪郭が薄れていった。 代わりに、それまで見えていたものより、はるかに太い鴨川の流れと その周りに広がる河原が浮かび上がってきた。 両岸の土手には、護岸工事のあともなく、河原に向かってなだらかに下る傾斜を見せていた。 その河原に何人かの武士の姿が見えた。 〈これは、いったい、いつの?〉 佑太が、情景の時代を探ろうとしていると、左手から、人影がいくつか現れた。 見ると、後ろ手に縄につながれた残ばら髪の武将たちである。 武将は三名、それぞれに縄を握る武士が付き添い、土手から河原へとゆっくりと降りてきた。 〈これは、処刑の現場だな。それで、処刑されるのは、誰だ?〉 佑太は、武将たちの顔を確かめようとした。 しかし、答えが浮かぶ前に、最初に引き出された武将の名前が呼ばれた。 〈今、確か……石田とか……ということは、この武将は石田三成か。 とすると、あとの二人は、一緒に処刑された安国寺恵瓊と小西行長か……〉 河原に引き据えられた武将は、顔に怯えた表情はなく泰然としていた。 傍に立つ侍が太刀を頭上高く振りかぶった。 刃が光を放ち、ズンと一閃すると、武将の首は身体から離れ、掘られた穴に転げ落ち、切り口からは真っ赤な鮮血がほとばしっていた。 続く
↧