近本 洋一さんの「愛の徴〜天国の方角〜」を読みました。 ー2031年、沖縄科学技術大学院大学で量子コンピュータ「にらい」を用いた演算実験が開始された。フランス国立文書館の蔵書や美術品などのデータを用い、「にらい」自らがデータを選別し関連性を導いて行くという実験に、仏語翻訳家の太良橋 鈴は語学担当技官として契約する。彼女の仕事は「にらい」が導き出したデータの日本語への翻訳だったが、量子コンピュータについて何も知らない彼女は公開講座を受講しながら任務に当たる。 17世紀フランス。まだ広大な草原であったベルサイユ。みなしごのアナは貴族の城で下働きをしていたが、ある日、領主の長男であるギュスターヴと知り合う。ギュスターヴはアナに赤い革の本を渡し、彼女に文字を教える。しかしギュスターヴは病に倒れこの世を去り、アナは本だけを持って希望を求めて屋敷を抜け出した。行き倒れたアナは草原で不思議な指輪を拾う。 時は流れ、アナはギュスターヴという名の狼と暮らし、様々な薬を作り病人を治す「魔女」となっていた。アナは騎士ダルタニャンに請われ、ディエゴというスペイン人の病を治す。そして彼女の長い旅が始まったー ボリュームが凄い。第48回メフィスト賞受賞作ですが、ミステリというよりは歴史ファンタジーであり恋愛ものであるように思います。 近未来の量子コンピュータが弾き出すデータを必死に解析する鈴と、17世紀のフランスでルイ13世が探していた聖遺物を巡る謀略の物語が交差しています。最初はまったく別々の物語にみえたものが、やがて1つに収拾してゆくのは見事でしたが、量子コンピュータ、量子論、17世紀のフランスの歴史、キリスト教信仰における聖遺物の存在と、とっつきにくい題材のオンパレードです。量子コンピュータと量子論については、門外漢の鈴が受ける公開講座によって読者も少し勉強することができますが、その他については自分で調べるしかありません。唯一知っていたのがディエゴ・ヴェラスケスが描いた「鏡のヴィーナス」だけで、物語の内容を理解するのが大変でした。いや、本当に理解したのか今もよくわかりません。 アナが周囲からただ一人容姿が違うことや、言葉がわからないというのが巧いと思いました。言葉がわからないのはみなしごで下女だからと思っていましたが、読み進めていくうちに「そういうことか」と納得しました。 「にらい」が膨大なデータから何故そのデータだけを抽出したのか、それを選ぶ為には何らかの意識レベルが必要なのではないか。鈴の疑問がやがて1人の男の悲しい思い出に結びついていきますが、鈴が有能過ぎて若干シラケてしまいます。彼女は人の心を読みすぎる。まるで彼女自身が量子コンピュータのようです。彼女は何故か自分の近しい相手に妙なあだ名をつける癖があるのですが、このあだ名の所為で登場人物の名前を覚えることができず、終盤まで苦労しました。このあだ名つけは正直要らなかったな。もし、フランスに行くことがあったら、作中に出て来た建物が示す「天国の方角」について実際に確認してみたいです。
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