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もうじやのたわむれ 313

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 デッキの最後尾まで来て拙生は足を止めるのでありました。船のスクリューが蹴立てる白い波が眼下に見下ろせるのでありました。そこから真っ直ぐ延びていている航跡は、地獄省の港を出た三途の川を横断するこの船が、その後に一切の曲折を拒否して、直進している事を拙生に教えるのでありました。航跡の左右の波静かな水面では、漁をしているのであろう小さな白い漁船が、てんでの方向を向いて幾艘か浮かんでいるのでありました。  航跡のもう既に曖昧になって仕舞ったそのもっと先には、先程この船が出港してきた地獄省の港が、随分彼方の景色として眺められるのでありました。岸辺に立つ建物の中で一際大きく高いビルが、屹度閻魔庁の建物なのでありましょう。建物の高層部には、飛行機の追突防止のための赤い信号灯がゆっくりと明滅しているのでありました。 「昨日の夜は仰っていた通り、私を宿泊施設に送った後、またあの街のカラオケ店に引き返して、三鬼の女性と飲めや歌えの大盛り上がりをされたのでしょうね」  拙生は遠くの赤い信号灯を眺めながら、右横にいる発羅津玄喜氏に云うのでありました。 「ええ、あれからまた随分と長く歌っておりました。亡者様の左隣に座っていた楚々野淑美さんは、明日の仕事があると云うので家に帰っちゃいましたが、残った我々男二鬼と女二鬼でその後もう一軒居酒屋で盛り上がって、結局日を跨いでから解散となりましたよ」 「ああそうですか。楚々野淑美さんは少し早目にお帰りになったのですか」 「そうです。まあ、男二鬼に女三鬼と云うのは、何となくグループとして纏まりが悪いものですから、それで淑美さんが抜けたと云う感じですかな。若し亡者様があの後一緒にカラオケ店に戻られていたなら、納まりの良い男女六鬼、いや違った、男女五鬼と一亡者となりますので、屹度楚々野淑美さんもその儘最後までつきあっただろうと思いますがね」 「ふうん、そうですか」  そう聞くと、拙生は一緒に戻らなかった事を少々残念に思ったりするのでありました。「逸茂さんは、隣に座っていた志柔エミさんの携帯の電話番号とかメールアドレスとか、勇気を奮ってちゃんと抜かりなく聞き出したのでしょうか?」  拙生は左横の逸茂厳記氏に訊くのでありました。 「ええまあ。・・・」  逸茂厳記氏がそう云って、ややたじろいだ色を添えて照れ笑うのでありました。 「ほう。晩生な割には、ちゃんとやる事はやったじゃないですか」 「いや、逸茂先輩は自分から積極的にエミさんに、電話番号とメールアドレスを聞いたのではなくてですね、実は私が仲介したのですよ」  右横の発羅津玄喜氏が云い添えるのでありました。「先輩はそう云う事は気後れが先に立って何時も及び腰になるので、後輩の私の方がやきもきするわけです」  逸茂厳記氏は後輩のお喋りに、無愛想な顔で小さく舌打ちをするのでありましたが、否定はしないのでありました。まあ、然もありなん、と云うところでしょうかな。 「じゃあ、逸茂さんと志柔エミさんと云うカップルが出来上がる可能性があるのですね?」  拙生が云うと、逸茂厳記氏はニヤニヤと愛想笑うだけで返事をしないのでありました。 「まあそうなるように鋭意、後輩の私の方であれこれ世話を焼きます」 (続)

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