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もうじやのたわむれ 311

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「いや、止しておきましょう。私だけ飲んでも美味くはないですし、私の今の立場は、酒を呑気に飲んでいられるようなものではないでしょうからね」 「この度の事は、亡者様には何の落ち度もないのですし、偏に我々閻魔庁の不細工な事務処理が引き起こした事態ですので、後ろめたい思いとかは、一切お持ちになる必要はございませんし、我々に対するご配慮も過分であると返って恐縮するばかりです。それに閻魔庁の存続にかけて、絶対無事に亡者様を娑婆にお戻しいたしますので、その点もご憂慮に及ばれなくとも大丈夫です。私としては只管、亡者様に対して恐懼する気持ちで一杯です」  補佐官筆頭が表情を引き締めて、改めて拙生に丁寧にお辞儀をするのでありました。 「いやいや、不細工な事務処理なんとは露程も考えておりませんし、寧ろ、閻魔大王官さんの粋な計らいだと、秘かに感謝しているくらいなもので。それに今後の事だって、同行してくださるお三鬼さんを全幅に信頼しておりますから、毛程の心配もありません。この三途の川往来の豪華客船みたいな、或いはそれ以上の、大船に乗った心持ちであります」 「ああ、そう云って頂くと胸中の陰雲が少し晴れる心地が致します。とまれ、酒に関しては、どうぞ遠慮なくお召し上がりになって結構ですよ」 「いやいや、矢張りコーヒーにしておきましょう」  拙生はせっかくの補佐官筆頭の勧めの言葉ではありますが、遠慮する事にするのでありました。これは広いこの船の客室の、或いは閑散とした池袋演芸場の、ど真ん中に席を取ろうとしない心性と、少し重なるところでありましょうか。 「お待たせしました」  そう云って発羅津玄喜氏が、両手にコーヒーとお茶を四本抱えて戻って来るのでありました。発羅津玄喜氏は先ず拙生にブラックの缶コーヒーを、他の三本を下に置いて、両手で恭しく渡してくれるのでありました。それから補佐官筆頭にはお茶のミニペットボトルを、逸茂厳記氏には微糖の缶コーヒーを、拙生の場合よりは少しぞんざいな手つきで渡して、それから自分の分、拙生と同じホットのブラックコーヒーを手に取るのでありました。 「亡者様は実はお酒の方が良さそうな気配だぞ」  補佐官筆頭が、丁度缶コーヒーのプルリングを引き上げた発羅津玄喜氏に云うのでありました。「仕事中の我々に遠慮なさっているみたいだけど」 「ああ、そうなのですか?」  発羅津玄喜氏がすぐに立ち上がるのは、すぐさま酒の調達に走ろうとするためのようであります。「お酒は、ビール、日本酒、それともチューハイみたいなものが良いですか?」  拙生はその発羅津玄喜氏に慌てて手をふって見せるのでありました。 「いやいや、コーヒーで結構です。是非ともお酒が飲みたいわけではありませんから」 「どうぞご遠慮なく。ビールなら自動販売機にありますし、他のお酒ならその辺を歩いている船員に頼んで貰ってきますよ。ツマミもナッツか何か、何処かで調達してきますよ」 「いやいや本当にお気遣いなく。若し飲んで愉快になりすぎて羽目を外して、この船から三途の川に落っこちたりしたら、お三方のこの出張が無意味なものになって仕舞いますし、それに折角の閻魔大王官さんの粋な計らいと云うのも、無駄にして仕舞いますからね」 (続)


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