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極寒の世界を想像しながら読む、新しいスウェーデンミステリ

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六本木ヒルズアカデミーの中も、ようやく迷わず歩き回れるようになってきました。 でも、部屋やトイレから出るたびに、いちいち左右を見て、どっちにいけばいいかを確認しないと間違ってしまいます。間違っても、結局行きつけるのですが。 それにしても何時間も49階の部屋にいると、乾燥した冷風が頭から降り注ぐので、干からびてしまいそうになります。午後になると、窓から夕日が照りつけて暑いくらいです。汗をかいてまた、干からびてミイラになりそうです。 そうした環境とは真逆の世界が舞台のミステリを読みました。 モンス・カッレントフト著『冬の生贄(上下)』創元推理文庫です。 女性刑事モーリン・フォシュを主人公とするシリーズはスウェーデンで人気シリーズとなっていて、最初は、スウェーデンの4季をシリーズにするはずだったらしいですが、昨年もう6作目が出たそうです。 その第1作にあたる本書は、冬が舞台です。 ストックホルムの南西にある地方都市が舞台ですが、なにせ季節は2月から3月にかけて。描かれる寒さは半端ではありません。とにかく寒さが主人公といってもよいほどです。 ただの寒さではありません。日がさす時間はわずか。後は暗闇と冷気の世界です。 雪が降ると、あたたかくなるという寒さです。 下手をすると死んでしまう寒さです。 こんな描写があります。  風が勢いを増し、モーリンのフェイク・ダウンの中にまで押し入ってきた。肌の中へ、肉の中へ、そして骨髄の一番小さな細胞の中にまで。ストレスホルモンの放出が始まり、筋肉が脳に苦痛のシグナルを伝達し、全身が痛んだ。 ぶるる。ぜったいに私は生きていけません。 その厳寒の凍てついた雪野原に立つ木の枝に、血だらけの裸の死体がむごたらしく吊り下げられていたという奇怪なシーンから、物語が始まります。 古代の異教の神々への生贄か? 主人公のモーリンは、10代のころに出産し、夫とも別れて10代の娘を一人で育てているシングルマザーです。小柄な女性ですが、独特の直観力と突進力があり、数々の難事件を解決している能力は、署内でも一目置かれています。 でも、思春期の娘の母として孤独感も抱えていて、自分が何のために生きているのか、悩んでいます。 スウェーデンミステリらしく、この物語にもスウェーデン社会のさまざまな問題が映し出されています。 警察署長は、優秀さを身にまとった移民の子です。 長年病気で寝たきりの妻をもつ同僚や、ホッケーの人気選手を息子に持つ同僚など、それぞれさまざまな家族背景を持っています。 しかも、この事件にからむのは、社会の周辺にいる人々。アルコール依存症やDVなどの問題を抱え、社会から排除され、文字通り孤立して生きている家族。この事件にはこうした家族にまつわる謎が絡んできます。 舞台となったリンショーピンという街は、かつては世界的な自動車と戦闘機のメーカー・サーブの本拠地だったそうですが、そのサーブも経営難でGMの子会社になり、やがて中国に買収されてしまい、今は見る影もありません。 この物語は、1958年と1961年に起きた事件とつながっています。 それで、土地の歴史が絡んでくるのですが、本書の中でもサーブやイケヤといった企業の名前がそのまま出てきて、それが重要な意味をもっています。 そして生まれる障害者とその面倒を見るソーシャルワーカー。 社会の病理があからさまになっていきます。 著者のカッレントフトはもともとスウェーデン作家連盟の新人賞をとった作家で、ミステリはその後書き始めたそうです。そのせいか、風景描写がそのまま心理描写となっていくような筆遣いや、さしはさまれる幻想的な死んだ被害者の独白などは文学的です。 気分は寒さに震えながら、先へ先へと読んでしまいました。


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