毛利を見送った唐沢と美香が五条大橋に向かって河原を歩き出すと、鴨川を渡る風が一瞬二人の頬に強く吹き付けた。 「ここで、何人処刑されたんだろうな……?」 唐沢の言葉で、美香の表情が変わり、唐沢の腕にしがみついてきた。 「おい、爪立てんなよ」 「あっ、ごめん。でもさ、まじで怖いのよ」 「何言ってんだ、今はまっ昼間だぞ。 いても、今は出やしないよ」 「やっぱ、いるの?」 「そうだな。 ここで死んだ連中って、時の権力者の都合で罪人扱いされて死んでいった奴らが多いから、怨霊になって出てきても、不思議はないよな。 そう言えば、さっき、カップルが見たっていうのは、三人とも武者姿って言ってたな。 三人の武者姿の男たちって、いったい何者なんだろうな? ここで処刑されたのは……確か、保元の乱のあとに源為義、平忠正、平治の乱のあとに藤原信頼、源義平、関ヶ原の戦のあとに……石田三成、安国寺恵瓊(あんこくじえけい)、小西行長、それと、大坂夏の陣のあとに長宗我部盛親、豊臣国松ってとこかな」 「へえー、よくそんなこと知ってんのね。 で、豊臣国松って、豊臣秀頼の子供でしょう。 亡くなった時って、幾つだったのかな?」 美香は眉を顰めていた。 「七歳くらいじゃないか」 「それって、小学二年生くらいじゃん、チョー可哀想……」 「それ言ったら、三条河原の処刑の方、もっとスゲーぞ」 唐沢の八の字眉がさらに下がった。 「何がスゲーのさ?」 「何がスゲーって……豊臣秀吉がな、先に甥の関白秀次を切腹させといてさ、その秀次の首を眼の前にさらして、妻、妾、子供五人、つぎつぎと、合計三十九人も、処刑させてんだぜ。 処刑された子供は、女の子も入れてさ、一歳、三歳、四歳、六歳、九歳だったといわれてんだ」 「一歳? そんな子まで……それも女の子も……ざんこくっ!」 「それにひと役買ってたのが石田三成だからさ……因果はめぐるっていうか……」 唐沢は、それまでさわやかだった風に血の匂いが混じったような気がした。 「おい、なんか、血の匂い、しないか?」 「血の匂い? ……そう言えば、なんかや―な臭い……あっ、あそこに何か……」 美香の指さす方を見ると、何か動物の背中が見えた。 二人がそれに近づいてみると三匹の猫の死骸だった。 猫はいずれも首が切り取られ、辺りは血まみれになっていた。 美香はしゃがみ込むと入念に猫の死体を観察し始めた。 彼女は、残虐な殺され方をされた猫の遺骸には動ぜず、その顔は警察官のものに変わっていた。 続く
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