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スティーブン・キングの『書くことについて』

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帰国してからあっという間に1か月経ち、8月も半分以上が過ぎてしまいました。 このところの北欧系ミステリと少し毛色の違う本をご紹介。 スティーブン・キングの小説ではない、『書くことについて』(小学館文庫)という本。 ホラーはあまり好きではないのですが、彼のや『ミザリー』『ドロシー・クレイボーン』などは、人間の心理を描いた秀逸な小説で、いろいろ使わせてもらっています。 彼は根っからの大リーグはレッドソックスファンとして知られていて、私も松井秀喜選手がヤンキースでプレイしていたころに、BSの大リーグ中継で、彼がネット裏(大リーグにはネットはありませんが)の席に陣取っているのを何度か目撃しました。あの長身の大きなメガネは目立ちます。 それで、何度も見るうちになんだか友達みたいな気さえして・・・。 その彼が、小説家は「なぜ書くのか」「どのように書くのか」という質問に答えるためにと、書き始めたのがこの本です。 実際、小説でなくても、文章を書く仕事をしている人間にとっては興味津々です。 でも、単に創作教室の講義のように、単なるハウツーものになっていないのが、さすが、スティーブン・キング。軽妙洒脱な文章で、楽しんで読めます。(それが彼の信念とつながっていることが後でわかります) 最初の「前書き」に、そもそもこの本を書くきっかけになったときのエピソードが記されているのですが、それが、ほぼ全員が作家からなるロックバンドに参加した話からはじまるのです。 バンド仲間のエイミー・タンが、「書くことについて」書いてみるというアイデアに賛成してくれたとかいうエピソードなどを読むと、それだけでも、へぇ~っと思ってしまいます。 自分の好きな作家同士が親しい友人だったなんて。 そんなこと、ふつう知らずに読んでますからね。 で、この本は、「書くことについて」書いているのですが、最初は「履歴書」という章からはじまります。 1947年生まれの彼は、私より2つだけ年上で、ほぼ同年代なので、出てくる作家や音楽や映画やテレビ番組などが懐かしく、国は違いますが、同じような文化的体験を共有していることを知るのは、うれしいものです。 でも、その境遇は、私とはだいぶ違っていました。 彼が2歳のとき、兄が4歳のときに、父親が莫大な借金をして行方をくらましたのです。それ以来、彼は母子家庭で、各地を転々としながら育ったそうです。 おぼろげな記憶の中に残っているのは、母親が仕事に出た後、ベビーシッターがころころ変わり、中にはひどい変わり者もいたこと。 幼いころから、想像の中で、さまざまな別人となっていたこと。たくさんの怪我や病気。 幼いころから、貧しさの中で想像を絶する痛みと恐怖を体験しながら成長したことがわかります。 とにかく、学校に入った年に9か月もベッドに寝たきりだったそうですから、『ミザリー』や『ドロレス・クレイボーン』のような、介護する者とされる者のドラマには、やっぱり彼自身の体験が投影されているのでしょう。さもありなん。とってもリアルだもの。 病気で学校に行けず、家の中に引きこもっているうちに、たくさんのコミックや読み物を読むうちに、自分でも書くようになったそうです。 最初は、創作というより、読んだ本の「模倣」だったそうで、母親がすごくびっくりしてほめてくれたことが、書き続ける励みになったそうです。お母さんは物語を1篇書くたびに、25セントくれたそうで、これが彼の作家修業のはじまりだったのでした。 中学生のころから、何度もなんども、出版社に自分の作品を送っては不採用通知をもらう毎日。兄と二人で自宅で新聞を発刊したり、貧しい兄弟にとっては、書くという行為が未来へとつながる唯一のものだったようです。しかも、みんなに読んでもらい、喜ばせるというのが、彼の書くことのモチベーションでした。 彼は、愛する妻と結婚し、生きる糧を得るために、過酷な仕事をしながらも書き続けていたのです。 やがて、ぽつぽつと採用通知が届くようになり、作家として身を立てていけるようになりますが、痛みを和らげることが嗜癖となり、やがて薬物とアルコールにはまってしまいます。 ついで、「道具箱」と題する章では、書くための基本的なスキルが記されています。 文章はできるだけ簡潔に、とか、副詞はぜったいに使わないとか、受動態も使うなとか、なるほどと思うアドバイスがありますが、何より楽しいのは、全編、具体的な文章の実例が示されているところです。 有名な売れっ子作家の文章をユーモアたっぷりにこき下ろすのを読むのは、とても楽しい。 もちろん、推奨例も示されています。 実は、私はかつて英語を学ぶために創作クラスに通ったことがあったのですが、そこでヘミングウェィの文章に出会って、まるで「俳句」のようだなと思ったことを思い出しました。 で、この章を書いている最中に、彼は散歩していて車にはねられ、瀕死の重傷を負います。 次の「書くことについて」、「生きることについて」は、事故の後に書かれたもので、この経験が生かされています。 彼は、「私は書くために生まれてきたのだ」ということに気づきます。そして、ものを書くことについて、彼は次のように書いています。   「一言で言うなら、読む者の人生を豊かにし、同時に書くものの人生も豊かにするためだ。立ち上がり、力をつけ、乗り越えるためだ。幸せになるためだ。お分かりいただけるだろうか。幸せになるためなのだ。」      書くために大切なのは、「たくさん読み、たくさん書くこと」だそうです。 そして最後の「閉じたドア、開いたドア」の章には、彼自身の原稿の一次稿と、手直しをした二次稿の実例が示されています。 最初にあげたアドバイスがどのように生かされているのかが、よくわかります。 何度も何度も、こうして書き直すのだそうです。 とにかく、「書くこと」に徹した生活なのがよくわかります。 でも、それを支える奥さんがエライ! 親切にも、文中に引用された作家の作品リストがついています。 実際、この本を読んで、読んでみたいと思った作品もありました。

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