ちょっと不愉快なこと 二十四節気の見直し 筑紫 磐井 今を去る四年前、ちょっとした事件があったことをご存じだろうか。平成二十三年二月に、日本気象協会が突然、「日本版二十四節気~日本気象協会は新しい季節のことばの提案に取り組みます~」を発表した。「二十四節気は古代中国で成立したため、日本の季節感と合致しないところがあり、現代の日本にはなじみの薄い節気の呼称がある。気象協会は、専門委員会の設置やシンポジウムの開催などを通して、広く一般の方々からのご意見を募集し、平成二十四年秋を目途に日本版二十四節気を提案する予定」なのだという。 これを受けて、同年十二月には「日本版二十四節気専門委員会」第一回が開催された。専門委員会メンバーは、委員長新田尚(元気象庁長官)、委員に安達功(時事通信社)、石井和子(元TBSアナウンサー)、岡田芳朗(暦の会会長)、梶原しげる(フリーアナウンサー)、片山真人(国立天文台)、長谷川櫂(俳人)、山口仲美(明治大学教授)であった。 また平成二十四年二月には、専門委員の岡田・梶原・長谷川のほかに、気象庁予報官を招いて、気象協会メセナ「季節が薫るひととき」を開催した。岡田芳朗が得々として見直しの必然性を語っていたのが印象的だ。 一方で科学的な調査を名目とするために、すでに前年八月には気象協会が全国四千名を対象に実施した二十四節気に関する認知度調査(楽天リサーチ株式会社協力)を実施していた。相当予算をかけた調査だったようである。当然のことながら、国民はほとんど二十四節気を知らないという回答が集まった。 こうした着々とした動きに、俳人たちから強い抗議がわき起こってきた。多くの新聞や雑誌で反対の意見が表明されたが、反対の頂点を成したのは、折しも七月、長野県小諸市で開かれた「こもろ・日盛俳句祭」でのシンポジウム「私にとって季語とは」(パネラー:気象協会金丸事業課長、俳人は片山由美子、櫂未知子、筑紫磐井、本井英)であった。結局、このシンポジウムに出席した気象協会の担当課長は、「二十四節気の見直しは気象協会という技術集団の素朴な質問から発したもので、広く専門家の意見を徴することとした。その過程で、気象予報の先輩である倉嶋厚氏などいろいろな人から批判もあり、現在は、二十四節気は変えず、解説とか言い添える形で分かりやすくしたい。」と回答している。 その直後、例えば毎日新聞では、「〈日本版二十四節気〉俳句界などの反発で解説作りに方針転換」(九月二十七日)というタイトルで、「気象協会は昨年、名称を変更したり、時期をずらしたりすることも視野に入れ、日本版を作成するとホームページなどで公表した。これに対し、一般からも電話がかかるなど批判が殺到。これを受け、二十四節気それぞれに簡潔な解説を付ける方向に変換した。」と報じている。事態は急転直下収束に向いかけた。 ただ、日本気象協会は新しい「季節のことば」にはこだわりつづけ、豪華賞品を付して「季節のことば」の公募を開始し、「季節のことば選考委員会」(日本版二十四節気専門委員会の名称を改称したもの)により「季節のことば36選」を選定した。奇妙なことに、七月は意見が割れて三つに絞りきれず、全体で37となっている。選ばれた「季節のことば」は次のようなものであった。 【春】三月(ひな祭り、なごり雪、おぼろ月)、四月(入学式、花吹雪、春眠)、五月(風薫る、鯉のぼり、卯の花) 【夏】六月(あじさい、梅雨、蛍舞う)、七月(蝉しぐれ、ひまわり、入道雲、夏休み)、八月(原爆忌 [広島と長崎]、流れ星、朝顔) 【秋】九月(いわし雲、虫の声、お月見)、十月(紅葉前線、秋祭り、冬支度)、十一月(木枯らし1号、七五三、時雨) 【冬】十二月(冬将軍、クリスマス、除夜の鐘)、一月(初詣、寒稽古、雪おろし)、二月(節分、バレンタインデー、春一番) 俳人が見て、取り立てて驚くようなものはない。ほとんど歳時記に載っているものばかりである。 平成二十六年五月、日本気象協会は今までの二十四節気に関する議論をまとめた『季節のことば~ 「季節のことば36選」と「二十四節気ひとこと解説」~』(全二四九頁)という大冊を刊行した。いまごろ、全国の図書館に寄贈されているはずである。いかにもお上らしい。 私が邪推するところ、新規事業に飢えていた気象協会幹部が、この際新しい二十四節気を作りちょっとした事業を興したいと考えたのが発端のようだ。これに、暦の会会長の岡田芳朗が便乗した、とメセナのシンポジウムでの説明では聞き取れた。俳人の長谷川櫂は見直しにあまり積極的ではなかったようだ。 いずれにしても、変な行政や、便乗する学者によって歴史が歪曲されるのは気持ちよいものではない。しかし、それも俳人自身が、季語は大事といっておきながら、歳時記や季寄せの依って立つ二十四節気に無関心であったとがめではないかと思う。その意味では、いい教訓となったのではなかろうか。 この時、二十四節気騒動にちなみそれを題とした俳句を募集した。その一端をご紹介しよう。珍しい題が多いのでなかなか面白い。 論争の一人がハンサムにて穀雨 池田 澄子 清明やノートに赤き丸ひとつ 小早川忠義 処暑の街シャガールを見て雲を見て 杉山 久子 夏至すでに霞ヶ浦のにほひかな 関 悦史 小満の碁に憤り禿頭 曾根 毅 トラクター売つて歩いて雨水かな 本井 英 霜降や欄干ばかり今戸橋 本井 英 (注)岡田芳朗氏は、平成二十六年十月二十一日に死去されました。
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