<裏表紙あらすじ> 第一次世界大戦に敗れたドイツ。極端なインフレと共産主義との闘いで混迷するなか、退廃的な文化も爛熟を深めてゆく。元プロイセン貴族の士官で戦後はジゴロとして無為に生きるアルトゥール――彼を巡って紡がれた、視点の異なる6つの物語の中に、ナチス台頭直前の1920年代のドイツの幻影と現実が描かれる。 皆川博子さんの作品、ことに海外を舞台にした作品は、タペストリーのように精緻で繊細かつ絢爛でいて、手触りは陶器のようになめらか、な印象を受けています。 「総統の子ら」 (上) (中) (下) (集英社文庫)や「薔薇密室」 (ハヤカワ文庫JA)などいくつか書かれていますので、ドイツを舞台にしたシリーズといってもよいのかもしれませんね。 この「伯林蝋人形館」 も非常に凝った体裁をとっていて、各章が、視点人物からみた断章(すべて太字になっています)のあとに、作者略歴と題された視点人物の事実(史実?)らしいパートが続いています。 各章の内容が、微妙にすれ違っていく。時代もいったりきたりするので、頭を整理しながら読む必要あり。さて、なにが真実なのだろう? と、考えてしまいます。 このパターンが繰り返された後、最後に「書簡」と題された最終章で、この体裁の事情が明かされます。 でも、すっきりつじつまが合ったのか、合っていないのか。作者の魔術に絡め取られてしまっていて、どうも判然としません。判然としないけれど、読後の充実感は間違いのないところ。 後期の代表作といえると思われる「死の泉」 (ハヤカワ文庫JA)も、釈然としないところが残ったものですが、やはりそういう効果を作者は狙っているのですね、きっと。 なので、わけがわからない、とすぐに投げ出してしまう読者もいるかとは思いますが、途中でやめてしまっては非常にもったいない。 この仕掛けを通して語られるのが、1920年代のドイツを舞台にした、混沌の時代。退廃というのか、爛熟というのか、本当にこういう感じだったのでしょうか? 幻想小説のようでいて、かなりリアルに感じました。 今の日本とはまったく違う世界を、観てきたかのように立ち上がらせてくれる作者の技巧に、どっぷり浸ることができました。
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