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もうじやのたわむれ 307

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「判りました。色々気を遣って頂いて痛み入ります」  拙生は深めのお辞儀をするのでありました。 「本当は私達も準娑婆省まで同行して、貴方様のいまわの際に立ちあって、向うの世への旅立ちを静かに見送りたいのですが、仕事がありますのでそうもいきません」  審問官が無念そうに云うのでありました。 「いまわの際、ですか。・・・」  拙生は何となくその云い草に少しの混乱を覚えるのでありました。 「いやまあ、こちらの世から退去される事をそんな風に云ったまでの事です。その方がどことなくしめやかな感じが出るかなと思いましてね」 「私が娑婆に逆戻る事は、しめやかなる事柄なのでしょうかね?」 「まあ、今回の事は、不慮の事故、と云う事になりますから、閻魔庁職員たる私共としては、どうしていいのか判らないたじろぎの後に、一種物悲しい気持ちになると云う按配で」 「ああ成程。そう云う風になりますかな」 「最期を大勢の悲しみの顔に見取られようが、寂しく旅立とうが、結局ご当人、いや、ご当亡者にとってはそんな事はどうでも良いのかも知れませんが、まあ残される者、いや違った、残される鬼としては、なるべく賑やかに送り出したいとも思うものですよ」  審問官は感慨深げな顔をするのでありました。拙生としては娑婆に逆戻る事を、最期、と表現され、悲泣の中で旅立ちを見送られるとしても、実際のところ無念と云う情緒からは全く遠いのでありました。寧ろ、喜んでいるくらいで。しかしまあ、そう云う風に拙生を送り出したいのなら、それを尊重するのもこちらの愛想かなと思うのでありました。 「ああ、同行する補佐官筆頭がやって来ましたよ」  記録官が出発ロビーの入り口を指差すのでありました。 「ああどうも、いやいや、お待たせお待たせ」  道服を脱いで地味なスーツ姿になった補佐官筆頭が、手を上げながらにこやかに登場するのでありました。やや嵩張る旅行カバンを肩から袈裟がけにぶら下げて、片手にブリーフケースを引っ提げて、何となく中間管理職の慣れない出張姿と云った風情であります。 「急なご出張、ご苦労さんでございます」  審問官と記録官が、揃って補佐官筆頭に頭を下げるのでありました。 「ほいな。香露木閻魔大王官の補佐官をしていると、こう云う出張が間々あるのじゃが、もう慣れっこになって仕舞うて、最近は少し楽しみになってきおったのが情けないがのう」  補佐官筆頭は香露木閻魔大王官の口真似でそう云うのでありました。 「補佐官さんの出で立ちは旅行カバンが肩からぶら下がっていて、いかにも出張旅行と云った雰囲気ですが、逸茂さんと発羅津さんは全くの手ぶらですが、それで大丈夫で?」  拙生は二鬼が荷物を何も持っていない事に、余計な心配をするのでありました。 「今朝出勤したら、先の亡者様の思い悩みの三日間の経費出金伝票整理もしない内に、すぐにこの出張を命じられまして、家に帰って旅行用品を用意する間もなかったと云う次第で。どうせ一泊二日の出張でしょうから、特に荷物なしでも済むかと思いましてね」 (続)


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