男の名前は、 唐沢(からさわ)信吾(しんご)、 彼は帝都高松署の巡査部長から警部補を経て、最近、帝都警視庁刑事部捜査一課に栄転したばかりだった。 女は唐沢の妻で美香(みか)といい、彼女は交通部総務課の巡査部長、柔道二段の黒帯である。 二人は新婚旅行で京都に来ていた。唐沢は、身重の妻を気遣って、京都に絞って一週間滞在する旅行スケジュールを立てていた。そして、今日がその二日目だった。 美香はバッグを開けると折りたたんでいた朝刊を取り出した。 「はい、これっ、信吾に見せようと思ってさ」 「おおっ、気が利くな、持って来てたのか」 唐沢は妻から新聞を受け取ると社会面を開いた。 そこには、四月十三日金曜日深夜未明、四十八歳男性が正面橋より酒に酔って転落死、他殺か事故か、自殺なのか不明とあった。 「他殺の線が、あるんだな……」 「他殺か、事故。 自殺はないっしょ」 「橋の北側から転落したようだな……っていうことは六条河原側……そーか、それで、処刑場だ、祟りだ、なあんて言ってたんだな、さっきの人たち。よしっ、行ってみよう」 唐沢は唐突に言った。 「行ってみようって、まさか、これから正面橋とかに、行っちゃうの? だめだめ、そんなの。どうしても行きたいんなら……とにかく、銀閣寺を見てからにしようよ。 だったら、許す」 「うーん、分かった。じゃあ、とりあえず銀閣に行くか……」 「とりあえずじゃなくてさ、ちゃんと、見るのよ、銀閣寺を。あそこのお庭、有名じゃん。 それ、ちゃんと見てから……そのあと、お昼を食べてさ……行くのはそれからってこと。 で、決まり。 いいわね」 「了解でーす」 返事をすると、急に唐沢の足取りは速くなった。 すると、手をつなぐ妻の美香は夫に引きずられる格好になった。痩せた小柄な男が大女を引っ張って歩く姿が滑稽なのか、すれ違う者の中には笑いを堪える者もいた。 それに気づいた美香の顔は赤くなっていた。 続く
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