窓際の長椅子の傍に見慣れた顔が二つあるのでありました。それはこちらに来て最初に会話を交わした、あの審問官と記録官でありました。 審問官と記録官は、二鬼の護衛につき添われて出発ロビーに現れた拙生を見つけると、夫々にお辞儀をして見せるのでありました。拙生もすぐに片手を上げて挨拶を返して、長椅子の整列の間を縫って、そちらに近づくのでありました。 「おや、これはどうも。ひょっとしたら態々、私をお見送りにいらしたので?」 拙生はニコニコと愛想をふり撒くのでありました。 「この度はとんだ事でした。余りの事に何と申して良いのか、言葉が見つかりません」 賀亜土万蔵警護係長と同じような事を、審問官がしめやかに云うのでありました。 「まさかこんなに儚くおなりになるとは、夢にも思っておりませんでした」 記録官が声をつまらせるのでありました。 「どうもご丁寧なお悔やみの言葉を有難うございます」 先程の賀亜土万蔵氏と交わした同じような挨拶の言葉であります。恐らくこれはこう云う場合の挨拶の常套的なものなのであろうと、拙生は勝手に推察するのでありました。 「まあ、今回は不測の事態に因り、貴方のこちらの世への生まれ変わりも上手く成就しませんでしたが、どうぞお気を落とされる事のないように願っております」 審問官が悲しそうに云うのでありました。 「いやまあ、気は、ちっとも落としておりませんがね。寧ろ嬉しいくらいなもので」 拙生は語尾を少し弾ませるのでありました。 「ああそうですか」 「審問官さんと記録官さんの私にかけて頂いたお手間が、すっかり無駄になったと云う点では、何となく恐縮を覚えますが」 「いやいや、どうせまたその内に間違いなくこちらにおいでになるのですし、その折にはあれこれの手間が省けるわけですから、無駄だとは云えません」 「ああそう云うものですか」 「これから先の貴方様の娑婆での生は、云ってみれば付録みたいなものでして、向うの世とこちらの世の連関と云う観点からは、何の意味もない生、と云う事になりますから」 「何の意味もない生、ですか。そう云われると何となく物悲しくなりますなあ」 拙生は少し怯むのでありました。 「いや私が云ったのは、あくまで向うとこちらの連関と云う観点では、と云う限定でして、向うに戻られた貴方様に、人生の春秋や機微がもう何もないと云う事ではありません」 「全く無意味で味気ない生しか向うに待ってはいない、と云うのではないのですね?」 「それはそうです。向うに戻られた貴方様が、その後どのような生を生きられるのかは、私共は全く与り知らない事柄ですから。ただ、再度こちらにお越しになった折には、もう私共の審問とか、思い悩みの三日間は省略させていただくと云う事です」 「ああそう云う事ですか。成程ね」 拙生は安堵のため息を漏らして納得するのでありました。 (続)
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