人生とは理不尽なもの。耐えて忍んで生きるべし
2015年最初のブックレビューです!いつもは年末に1年間のまとめエントリーをあげるのですが、昨年は読んだ数が少なかったので全部が被ってしまうということでスキップすることにしました。ということで、新年最初は藤沢周平作品です。藤沢周平は熱狂的なファンも多くいる時代小説の大家です。そんな藤沢周平の代表作として有名な「蝉しぐれ」を紹介したいと思います。この作品は映画やテレビドラマ、宝塚などでも上演されているので小説ではないところで知っている人も多いと思います。江戸時代を舞台に下級武士の子、牧文四郎の成長を通して、友情、剣術、淡い恋、そして巨大な藩の覇権争いに巻き込まれて人生とは何かを語る傑作です。では早速あらすじをどうぞ!!
海坂(うなさか)藩の下級武士の子、牧文四郎はどこにでもいる普通の少年だったが16才の夏の日、父親が藩を揺るがす大きな陰謀に関わっていたということで多くの藩士と共に切腹を申し渡され、その日以降犯罪者の息子として生きることとなる。この事件をきっかけに父の遺言を噛みしめ、剣術に打ち込み、親友小和田逸平の明るい性格に救われながら忍耐の日々を過ごすことになる。文四郎の人生を大きく変えた事件から2年後、剣の腕を認められた文四郎は秘剣の継承と共に、事件の真相について知ることとなるがまたしても藩の派閥争いの黒い闇が文四郎を襲う。全てを知った文四郎は2年前にできなかった大切な物を守るために剣を手にし、襲撃者達と苛烈な戦いを繰り広げることとなる。
この小説は美しい自然描写を織り交ぜながら文四郎という少年の成長を描く小説ですが、普通の青春物語や成長譚とは違い、藩の権力争いに巻き込まれた結果、犯罪者の子供として生きることになるというかなり厳しい環境を藤沢周平は文四郎に用意しているように、この小説からは、
人生は、社会とは実に理不尽である
という厳しい人生訓をヒシヒシと感じます。藩の派閥争いという巨大な陰謀の前では、文四郎を含めた下級武士達の命などは所詮木の葉のような存在であり、陰謀の首謀者達にとっては道具でしかないということをまざまざと感じさせます。美しい自然描写や剣術にかける実直な姿等、青春小説らしい清々しい場面も数多く出てきて重いテーマをやんわりと隠していますが、この小説の底辺に流れるテーマは間違いなく「社会の不平等さや理不尽さ」であり、16才という人生で一番良い時期を突如奪われた文四郎の”耐えて忍んで”自らを厳しく律しながら大人へと成長するする姿は運命の不条理さに翻弄される少年の忍耐そのものです。
しかも藤沢周平はそこに更なる試練を文四郎に与えます(ヒドっ!!)。文四郎の初恋の相手であり、事件後離れ離れとなった隣の家の娘ふくを藩主の側室として文四郎の前に再び登場させるのです。ふくは文四郎よりも3才年下で、牧家を襲った悲劇とほぼ同時期に口減らしで江戸へ奥働きに奉公に出された後、藩主の側室となるという娘で、この小説のヒロインです。またこのふくにも作者は文四郎に負けない不幸を用意しています。ふくは文四郎への恋心を泣く泣く諦め奉公に上がり、藩主の寵愛から奥の権力争いに巻き込まれ流産したり、命を狙われ藩の別邸で隠れて過ごすことになるなど文四郎に負けないド不幸っぷりです。藤沢周平って厳しすぎ!!鬼よ、鬼!!
藩の派閥争いに巻き込まれ命を狙われるふくとその子供を救うために選ばれたのが、藩の中でも屈指の剣士に成長した文四郎というわけです。今では手の届かない人となってしまった初恋の相手ふくを守るため、私情を殺して藩の為に襲撃者達と死闘を繰り広げるわけですが、なんと苦しいことか。文四郎の心中を思うと涙が出てくるというものです。
ここまでだと読む価値のない暗い小説で終わりそうですが、この小説の真価はここから発揮されるので安心してください!!このド不幸物語の主人公文四郎は、どんなに過酷な運命にも決して挫けることなく暴挙に走ることもなく生きて、耐えて忍んでしっかりと自身に課せられた使命を果たします。文四郎の活躍で藩内の派閥争いも一気に収束し、間接的ながらも自分の父親や多くの人達を死へと追いやった事件を自分の手で終わらせることになり、20年後には郡奉行まで出世します。そんな夏のある日”おふく様”から呼び出しを受けた文四郎は、田舎の湯宿に駆けつけ20年ぶりの再会を果たします。そこで二人だけでやり取りされる昔話と今だから言える本音。そのやり取りがこの小説を不朽の名作にしたものだと思います。数ページの中に藤沢周平の世界がギュギュっと詰まっています。
人生って所詮不条理だけど、耐え忍んで実直に頑張ればきっと何か良いことが待っている”かも”。あくまでも「かも」であって、絶対に報われるというポジティブな終わり方ではないですし、ましてやハッピーエンドとは言えない小説ですが、この小説のほろ苦さが私達普通の人間の人生を等身大で見た本当の人生なのではないかと思います。どこまでも甘い小説や幸せな結末を迎える小説は沢山ありますが、ここまで過酷な人生を歩まされながらも決して自らの不運に屈することのなかった文四郎とふくの物語は誰もが望む幸せな結末ではありませんが、人生ってそんなに悪くないかもね、と思わせてくれます。ここが凄い!!
本の世界は現実逃避でついつい甘い世界に浸りたいと思いますが、実は人生の厳しさをしっかりと教えてくれるものも沢山あります。この「蝉しぐれ」もそんな小説の一つですし、何より文四郎の生き様に心打たれない読者はいないと思います。文四郎に秘剣を伝授する加治織部正(私は文四郎の人生のキーパーソンとなるこの世捨て人がかなり好きです!!)の様に全てを知っていながら傍観者として高みから見ることが出来る人もいれば、文四郎の様に濁流の中を必死でもがき生きる人もいる。でも人生の苦しさは自分だけが味わっているものではなく、誰もがそれぞれの理不尽さに苦しんでいることをしっかりと学ぶことが出来る素晴らしい作品です。
苦しい人生の中に救いを見つけるまで読者をしっかりと導いてくれる藤沢周平の緻密な物語の展開に、読み終わった時には物語の中で響く”蝉しぐれ”と共に清涼感を感じさせる、そんな素晴らしい作品です。時代小説の枠を超えた傑作、死ぬまでに読んでおくべき1冊、必読本として強力にお薦めしたいと思います。久々のスマッシュヒット作です!!